北欧デンマークの夏は短く、8月にもなると、足早に秋が訪れます。そのため学校の夏休みは、日本よりほぼ1ヶ月早く6月下旬に始まり、8月半ばからは新学期です。7月下旬にもなると、多くのデンマークの若者たちは、残り少なくなった夏休みを精一杯謳歌すると同時に、そろそろ新学期に向けての準備を始めます。デンマークの小中学生は、日本のように夏休みの宿題に追われることがないので、その点ずいぶん気楽です。しかしこの時期、一部の若者たちは、息を凝らして一通の知らせを待っています。それは、大学を含む高等教育機関への進学通知書です。
この通知書は、デンマーク文科省が毎年7月28日零時に、次年度(今年8月以降)の高等教育進学を志望して、進学申請書を提出したすべての若者に対し、志望学部への入学可否決定を知らせるものです。デンマークの高等教育は、基本的にすべて国立なので、若者が希望する学問の道への適性度は、国が審査・決定することになるわけです。今年は、申請書を提出した若者の内、約65,200人が志望学部への入学を認められ、約21,400人が却下されました。
日本の大学受験システムとは全く異なるこのシステムは、日本人には何とも理解しにくいものですが、非常に合理的かつ正当性があり、興味深いものなので、ここにご紹介したいと思います。
写真は、7月28日の新聞に掲載された全国のすべての高等教育機関すべての学部(880か所)の進学状況を示している表です。ここには、それぞれの学部の今年の入学定員数、申請者総数、第一志望者数、入学基準点数、待機可能点数が記載されています。
入学定員数は、社会が今後その分野の資格者をどれだけ必要としているかと教育機関の諸事情などにより決められるので、毎年同数とは限りません。
それから申請者総数と第一志望者数ですが、若者は、志望学部を申請時に一つに絞る必要はなく、複数希望することが出来ます。ただし、その学部を第一志望にした者の優先順位が高くなります。
次の入学基準点数ですが、これは、中等教育の1つであるギムナジウム(日本の高校に相当)の卒業国家試験の平均点です。(このシステムについては、
デンマーク・日本いろいろ4月号「若者の教育と就職」でも取り上げましたので、ご参照ください。)現在デンマークでは、学校の成績評価を12(卓越した成績)、10(優秀な成績)、7(良好な成績)、4(普通の成績)、02(許容できる成績)、00(不十分な成績)、−3(不良な成績)の7段階の点数で示すことになっており、02以上が合格点とされています。最高点は12ですが、上級レベルの科目で国家試験を受けた者にはボーナス点が加算されるため、12を超える点数を獲得することも不可能ではありません。ただし国家試験全科目の平均点が12を超えることは稀にみる優秀な成績なので、多くの若者にとっては夢また夢の数値です。
新聞に記載されている入学基準点数は、各学部進学志望者中これを上回る成績保持者が入学を許可されることを意味し、待機可能点数は、もし今後欠員が出た場合に入学が可能となる成績を意味します。これを見れば、自分の成績でどの学部なら入学可能か、一目瞭然でわかるわけです。
コペンハーゲン大学医学部を例に取ってみますと、今年の定員数は559名、申請者総数は2686名、第一志望者数は1652名、入学基準点数は11.2、待機可能点数は11.1で、かなり狭き門であると言えます。しかし今年最も狭き門となったのは、ここではありません。
狭き門トップ10は、
1位12.3(Marketing Management, Zealand Institute of Business and Technology、定員20名)、
2位12.2(International Business, Copenhagen Business School、定員177名)、
3位11.8(International Business and Politics, Copenhagen Business School、定員137名)、
4位11.7(Cognitive Science, Aahus University、定員64名)、
5位11.6(Multimedia Design and Communication, Zealand Institute of Business and Technology、定員24名)、
6位11.5(Psychology, Copenhagen University、定員215名)、
7位11.4(Molecular Biomedicine, Copenhagen University、定員66名)、
8位11.4(Computer Science, Zealand Institute of Business and Technology、定員22名)、
9位11.3(Business Economics: Project Manegement, Copenhagen Business School、定員85名)、
10位11.3(Psychology, Aahus University、定員215名)
です。時代とともに若者に人気の学問が変化してきていますが、近年は、卒業後の就職の可能性が高い(=現在デンマーク社会でニーズが高い)資格教育に多くの若者が高い関心を示していることが読み取れます。
これとは反対に、志望者数が定員数を下回るあるいはほぼ同数である学部の場合は、往々にして志望者全員が合格と見なされることになります。デンマークの高等教育には、まさに需要と供給の原理が働いているのです。
これから新学期がスタートするまでの数週間、通知書を受け取った若者たちは、合格通知を受けた者も、志望学部への入学を却下された者も、もう一度自分の将来進むべき道と可能性をじっくり考えて、どの学部に最終的に進学するかを決めることになります。通知書はあくまでも国が判断した適性度評価であり、それを基にして自分の進む道を最終的に決めるのは若者自身です。却下された者にも、別の学部を選択するか、再び来年同じ学部進学を試みるかの選択肢が与えられているのです。また、ここにご紹介したギムナジウムの卒業国家試験の成績で評価する方式(第1枠)とは別に、個人の他の資質で適性度を評価する第2枠と呼ばれる方式もあり、こちらで進学志望を申請することも可能なので、ギムナジウムの成績だけで若者の将来の人生が決まってしまうわけではありません。
そして最終的な道が決まった暁には、親元を離れて新生活をスタートさせるために相応しい住まい探しに取り掛かることになります。
デンマークの短い夏は、彼らにとっては正念場の夏なのです。