デンマーク・日本いろいろ 第49号
世界的な少子化の波は止められない?
デンマークと日本の現状と対策は?
2024年10月
[日本のいま]
日本で「少子高齢化」がいわれるようになってから、何年経過したでしょう。介護保険制度がスタートした2000年あたりからでしょうか。高齢化率は、1950年(4.9%)以降一貫して上昇し、1985年に10%、2005年に20%を超え、最新の統計では、29.1%となりました。つまり、人口の約1/3が65歳以上になったわけで、日本は、高齢化社会というより、世界一の超高齢社会だといえるでしょう。
出所:総務省統計局
また少子化の推移を合計特殊出生率でみると、統計を取り始めた1947年に4.54であったものが、2023年にはこれまでの最低値である1.20となり、8年連続で前年度を下回る結果となりました。そして都道府県別出生率では、東京が1を切り、0.99という結果です。
2023年1年間に生まれた子供の数は、約73万人で、1899年に統計を取り始めてから過去最低、また死亡した人の数は約157.6万人で、過去最多を記録。この現象が今後も続けば、日本の人口減少が進み、「多死社会」を迎えることになります。「多死社会」という言葉が、今後の日本社会を物語っているのであれば、だれしも不安を感じないわけにはいられません。
このような調査結果が出たからでしょうか、昨年1月、岸田元首相が年頭記者会見で、「異次元の少子化対策」を掲げ、「骨太方針2023」で、子ども予算を倍増したいという見解を表明しました。「異次元」とか「骨太」といった表現は、少なくとも海外在留の著者には、わかったような、わからないような奇妙な表現に思えるのですが、それはさておき、「日本の少子化は今に始まった社会問題ではないが、国はここにきてようやく少子化対策に真剣に取り組むことになったようだ。」と感じました。
「異次元の少子化対策」には、@経済的支援だけでなく、A社会全体の意識改革、Bサービス拡充、Cライフステージに応じた支援が含まれるようですが、どれを取っても莫大な経費・人力・大規模なシステム改革が必要で、国はこれらの課題にどう取り組み、どう解決するのだろう・・・と、先行きが案じられます。
特にAの社会全体の意識改革は、若い世代や現役世代の未来像、結婚観、家族・子育て・仕事などへのさまざまな想いや意識に関わるもので、これを変えるためには、中長期的かつ明白なヴィジョンが欠かせません。「時すでにおそし」の感がしないでもありませんが、何もせず放っておくことは出来ない、日本はいま、「まったなし」の土俵際に立っているように思えてなりません。
[デンマークのいま]
では、デンマークはどうなっているのでしょう。ご承知のように、デンマークは、第二次世界大戦後、多くの女性が労働市場に進出したことが大きなきっかけとなり、教育・医療・福祉などの公的サービスシステムが整備され、それを税金で賄う、いわゆる高福祉(医療・教育)高負担社会が構築されました。そして今では、女性の就労率は76.7%で、35歳〜55歳では80%を超え、夫婦共働きがあたりまえの社会です。
保育施設は保護者負担が経費の1/4掛かるものの、復職時の入園枠は保障されており、また教育や医療は基本的に無償なので、子どもを産み育てやすい環境は、かなり整っているように思います。
出所:デンマーク統計局
上のグラフは、1973年から2023年までのデンマークにおける合計特殊出生率の推移ですが、1960年代までは人口減少を阻止するために最低必要とされる2.1を上回っていましたが、1973年には1.917と割り込み、その後急速に出生率が低下して、1983年には、これまでの最低値である1.38まで低下しました。この原因は、1970年代から90年代はじめまで続いた不況、男女間の意識ギャップ、これにともなう離婚率の上昇などが考えられるでしょう。
危機感を抱いた国は、雇用者団体や労働組合と連携して働き方改革や子供のいる家族への支援などに積極的に取り組み、また公民ともに合理化効率化を進めたことなどが功を奏して、その後出生率はかなり回復しました。そして2008年には1.889まで上昇し、この水準を維持できれば、と期待する声もありましたが、その後はアップダウンを繰り返しながら徐々に低下。コロナ禍ではちょっとしたベビーブーム現象が一時的に起きたものの、2023年にはまさかの1.496にまで急落しました。 この統計結果に、著者も含めデンマークの人びとは、子どもを産み育てやすい社会であるはずなのに、どうしてここまで低下したのだろうと驚き、また危機感を募らせました。
フレデリクセン首相は、2024年元旦の恒例テレビスピーチの中で、子どものいないカップルが無償で受けられる公的不妊治療サービスを、今後は第2子を希望するカップルにも適用することを公約しました。もちろんこれがどれほど出生率回復に役立つかはわかりませんが、一つの具体策をすばやく国民に示した首相の姿勢には、好感が持てました。
首相からのメッセージを受けて、その後デンマークでは、少子化問題が大きく取り上げられ、新聞は関連記事で溢れました。それらの記事を大別すると、大きく以下の2点に絞られます。
@ 子どもを産みやすい環境を整備してきたはずのデンマークで、なぜ今少子化なのか。その原因は何か。
A さらなる改善策はあるのか。
まず@に関する多くの専門家の主な見解は、次の通りです。
▼女性の初産年齢が高くなっている+男性の精子の質が過去に比べ劣化傾向。
女性の初産年齢:1960年は23.1歳 →2024年は30歳
自然妊娠の可能性:25歳で24% →35歳で12% 35〜37歳では非常に低い
▼子どものいるカップルの社会的負担
「デンマークを含む北欧諸国は福祉先進国だが、ここでの公的支援は、保育や教育システム整備等により、親が働きやすい環境作りを主軸にしている。しかし、子どもが成人するまでの期間中に、親が子育てに費やす時間や生活費や精神的プレッシャー等すべての要素を総合すると、子どものいるカップルはいないカップルより約2.66倍の社会的負担を背負っている。」という研究調査がある。
▼“childfree”というトレンド
デンマークは個を重んじる社会だが、若年層の中には、これをエゴイズムのように捉える人も近年増えてきているように感じられる(著者感)。自分自身にとり「良い人生」に子どもは必ずしもいらない、という考え方は20世紀後半に欧米諸国を中心に起き、2014年頃からは、これが爆発的に広がり、今ではトレンドにもなっていて、ネットでも1億以上のビューを獲得している。「子どもを持つことは、もはや義務ではなく、自由選択だ。」と考える若年層は、デンマークでも増えているようだ。
▼世界を取り巻く不安要素
近年欧州でも多発している気象変動による災害(特に水害)や、長引くロシアによるウクライナ侵攻、イスラエルvsガザ紛争などを多くの人が近距離で感じ、これが次世代への不安要素になっている。
次にAの改善策ですが、ここには今後の社会経済維持のための解決策も含まれます。
▼女性の生殖能力期間を薬で延ばす
アメリカの研究者から、ラパマイシン(rapamycin)という既存医薬品が、女性の生殖能力期間を延ばす効果があるという中間報告が出され、今注目されている。この薬はこれまでに臓器移植の拒絶反応や癌、寿命延長などに効果がある薬といわれてきたが、生理時の排卵数を減少させる効果もあるようで、初期臨床実験では、月に失う卵子数を約50から15に抑えたという結果が出ている。  ただ、期間が延長されることで、初産時期を意図的に遅らす傾向がもし出るとしたら、それは親子にとり「より良い人生」になるといえるか、と警告する専門家もいる。
▼公的不妊治療システムの改善
現在デンマークでは、不妊治療により生まれる新生児は8人中1人といわれており、公的不妊治療の回数を増やすことと、第2子を希望するカップルへの適用は、ある程度の効果をもたらすことが考えられる。
▼海外からの有能労働力輸入
EUは徐々に加盟国を増やしてきたが、特に2004年、2007年にはかつて東欧と呼ばれていた国々が加わった。その後デンマークには、これら東欧諸国から多くの労働者が入ってきており、この現象が、現在のデンマーク経済発展に大きく寄与しているといわれている。また新生児の5人に1人は外国籍の親を持つというデータがあり、海外からの労働力輸入が出生率にも影響をもたらしている。 ただ労働輸出国においても出生率低下現象が起きている今、いつまでこの流れをキープできるかは不明。
▼シニアパワーの活用
デンマークの国民年金受給年齢は、徐々に引き上げられ、現在は67歳。また定年退職制度もないため退職は自己決定だが、シニアが働きやすい環境整備を進めることで、シニア労働力の確保につながる可能性はある。またシニアによるボランティア活動が盛んな国であるが、これが子どものいる家族の負担軽減につながるかが課題。
[世界のいま]
世界銀行のデータによると、世界の特殊合計出生率推移は、1963年に5.3のピークに達したのち低下が進み、2022年には2.3を記録。国連は、世界人口がピークを迎えるのは2080年代半ばと予測していますが、今後の状況次第では、時期が早まる可能性もあるとみる専門家もいます。いずれにせよ、少子化問題は、国の未来を左右する重要課題。各国が互いに知恵を出し合って、ともに取り組むべき課題と考えるべきかもしれません。
今日はかなり硬い話になりました。最後に、心和むスナップ写真をどうぞ。