<心おどるデンマーク春/初夏のイベント>
北国デンマークの春は、日本よりほぼ1カ月遅れでやってきます。
4月半ばになるとブナの森や街路樹が芽吹き、春の花が次々と咲きはじめ、5月に入れば、陽の光を浴びた若葉や花々が目に眩しいほど輝いて見える年間を通じて最も美しい季節を迎え、そしてあっという間に初夏へと移行します。
そんな季節にふさわしい(と著者が近頃体験して感じた)2つのイベントをご紹介します。
その1つは、全国の中学高校生たちが、自然科学分野において各自のアイデアを具体化し、それを競い合う「若き科学者たち(Unge Forskere)」と呼ばれるイベント。そしてもう1つは、「Royal Run」と呼ばれるランニング大会です。
<「若き科学者たち」のファイナルイベント>
4月中旬の週末、16歳の孫娘から、「私と2人のクラスメートのチームが、ファイナルイベントに出場することになったので、是非観に来てほしい。」という連絡を受けました。「若き科学者たち」というイベントが一体どのようなものなのか、それまで著者は全く知りませんでしたが、孫が全国大会決勝に出場すると聞いたら、じっとしてはいられません。早速参加を申し込み、3日間にわたる大会初日に応援のためイベント会場に出向きました。
会場内には、書類選考→準決勝を勝ち抜いてきた全国のジュニア(中学生)とシニア(高校生)チームそれぞれ50、計100チームのブースが整然と並んでいます。また科学分野の公的機関や民間企業ブースも若者たちのブースに交ざって25ほど設置されています。参加を申し込んだ入場者(その多くはファイナリストの家族や学友、無料)は、会場内を自由に歩きまわり、面白そうなプロジェクトを見つけると、立ち止まってそのブースの「若き科学者」から説明を聞いたり、質問したり、和やかな対話が生まれます。
私たち夫婦は、まず孫娘たちのブースを探し、彼女たちのプロジェクトの説明を聞くことから始めました。テーマは、「湿度管理型温度調節」というもの。難しそうなテーマですが、概要は、[通常室内の温度調節は、温度というパラメーターだけ用いるが、大勢の生徒が長時間過ごす教室などでは、時間とともに湿度が高くなる傾向がある。これが健康に影響を及ぼすことになるので、湿度管理をおこないながら温度調節をする必要があり、そのためのセンサーやアプリを開発すべき] というもの。3人は、研究の動機・得られた知識・何回もの実験やその結果などが表示されたパネルを使って代わるがわる詳しく説明してくれました。またそれに加えて、決勝大会に至るまでの経緯や学校の先生との協力関係、大会期間中の特別待遇(ファイナリストは全員コペンハーゲン市内のホテルに滞在し、宿泊食費などすべて主催者負担で無料)についても熱く語ってくれました。その後私たちは、会場内のいくつかのブースを訪れ、「若き科学者たち」のさまざまなアイデアに触れ、彼らの熱のこもった説明と心意気に感動し、楽しい刺激的な時間を過ごしました。
ファイナルイベント会場風景
孫娘カイサ(左)とクラスメートチーム
このイベント企画は、子ども/教育省(Børn- og Undervisningsministeriet)と教育/研究省(Uddannelses- og Forskningsministeriet)がイニシアティブをとり、国内の産官学組織が支援して、自然科学やテクノロジーに対する青少年の関心を高める目的でおこなわれているもので、 1980年代から始まり今年が36回目とのこと。ジュニア部門は学校の先生を通じて応募、シニア部門は個人の自由意志で応募。出場者(単独または3名までのチーム)は、3つのカテゴリー(生命科学・物理科学・テクノロジー)の中から自ら選択したプロジェクトのレポートを1月中に提出。それを200名のボランティア審査員(自然科学分野の専門家たち)が審査し、3月に準決勝。そして4月下旬に3日間にわたり決勝大会がおこなわれ、決勝では、カテゴリー別専門審査員が出場者と直接面談して最終審査に臨み、最終日に選考結果が発表されて、複数の入賞者に賞金とメダルが授与されます。(賞金総額は、約550万円)
孫娘のチームは残念ながら入賞を逸しましたが、彼女たちを推してくれた学校の先生が功労賞を受賞し、その後チームや先生の努力と功績を学校全体で祝ってくれたそうです。
<5月に5都市で開催された「Royal Run」>
デンマークには、今から170年以上前に、この国独特の啓蒙/啓発教育が生まれ、当初は農民たち、次に労働者たち、その後一般市民へと普及していきました。この教育の目的は、人びとが対話を通じて学び合い、自分たちの生きる道や国の歩む道を考えることで、ここからデンマーク独特のデモクラシーが生まれました(詳しくは、共著「デンマークにみる普段着のデモクラシー」をご参照ください)。それと同時に、「健全な精神は健全な肉体に宿る」という古代ギリシアからの名言があるように、精神的な啓発だけでなく身体を鍛えることも大切だという考え方が広まります。その流れで、1896年にデンマーク・スポーツ連盟(Danmarks Idrætsforbund)が生まれ、現在約8600団体、2百万人が加盟しており、ほぼすべてのスポーツをカバーしています。また1907年にはデンマーク陸上競技連盟が結成され、今ではこれらの組織が中心となって、デンマークを世界一スポーツのさかんな国にすることを目指し、「生涯運動(Bevæg dig for livet)」をスローガンに、さまざまなイベントを開催しています。
5月20日におこなわれた「Royal Run」も、このスローガンのもとに実施されているイベントの1つですが、名称にロイヤルとあるように、このイベントにはデンマーク王室が深く関わっています。2018年5月に50歳の誕生日を迎えられた当時のフレデリック皇太子(現フレデリック国王)が、節目の誕生日記念に「国民とともに走るイベントを是非企画したい」と希望され、それを実現するために、ワンマイル(1.6km)、5km、10kmの3距離ランニングが全国5都市で開催されたのが事のはじまりです。
皇太子はその日、4地方都市を巡ってワンマイルランに参加されたのち、首都コペンハーゲンの10kmランに参加。皇太子妃は一地方都市の10kmランに参加され、夫妻の4人の子どもたちもコペンハーゲンのワンマイルランに市民に交ざって参加しました。申し込んだ走者は計7万人を超え、スポーツマンとして知られる皇太子にとっても、また一般市民にとっても思い出深い一日となったようです。
大成功を収めた「Royal Run」は、その後もコロナ禍の2020年を除いて毎年5都市で開催されており、今年で6回目。国王はワンマイル、5km、10kmランの3回、王妃は5kmラン、プリンス/プリンセスたちは全員ワンマイルランに参加。さらに13歳のプリンスは、父国王とともにコペンハーゲンでの最終10kmランにも初出場しました。この日の模様はテレビで生中継され、大勢の市民が街頭でランナーたちを応援し、国を挙げてお祭り気分が盛り上がりました。申込者数は毎年増え続け、今年は合計9万5千人に達したとのこと。そして一番人気のワンマイルランは、車いす・バギー・乳母車を押しての出場も可能で、走るもよし、歩いてもよし。家族揃ってハイキングを楽しむような感覚でゴールを目指す微笑ましい光景も見られました。
即位一年目のフレデリック国王とロイヤルファミリーは、年中行事となった「Royal Run」イベントを一般市民とともにこれからも継続することで、「生涯運動」普及の一役を担ってくださることでしょう。
コペンハーゲンでの10kmラン風景
市民とともに走るフレデリック国王(マル印)
完走後もランナーにハイタッチで激励(国王の左側はメアリー王妃と子どもたち)