デンマーク・日本いろいろ 第44号
大きければ大きいことを、でも、小さくても出来ることはある
2023年10月
<環境パフォーマンス指数>
皆さんは、環境パフォーマンス指数(Environmental Performance Index、通称EPI)をご存知ですか? 2015年に国連で開かれた「国連持続可能な開発サミット」で、17の目標と169のターゲットからなる「持続可能な開発目標(SDGs)」が採択されてからは、環境に配慮した政策やビジネスが世界的に注目されています。 そのような流れの中で、イェール大学とコロンビア大学が、世界180カ国の政府や民間による環境政策のパフォーマンスや環境の持続可能性をいくつかの項目から分析し、数値化して、国別にランク付けしたのが、EPIといわれるものです。
過去3年間のEPIを見ると、いずれの年にもデンマークが1位にランキングされており、「世界一環境にやさしい国」という名誉あるタイトルをいただいています。 昨年2022年の10位までのランキング結果は、下記のとおりです。
1位デンマーク6位ルクセンブルグ
2位英国7位スロベニア
3位フィンランド8位オーストリア
4位マルタ9位スイス
5位スウェーデン10位アイスランド
(青色は北欧諸国)
北欧5カ国中4カ国が10位以内で、残るノルウェーは20位、また日本は25位です。 デンマークが特に高く評価されているのは、[気候変動抑制](温室効果ガスの排出状況)や[水資源](排水処理レベル)そして[廃棄物管理](リサイクルシステムなど)の分野ですが、日本も[重金属](鉛の露出)や[酸性雨]などのカテゴリーで、デンマークとともに1位(100点満点)にランク付けされています。
<なぜデンマークが環境にやさしい国になったのか>
デンマークの総人口は約590万人、本土は九州より少し大きい程度の小さな国。この国が国際社会でサバイバルしていくためには、限られた資源をたいせつに守り、それをフルに活かして行くしか道はありません。ここでいう資源は、人的資源と天然資源の両方を指します。人を大切にし、それを活かすために公的社会福祉システムや教育システムが構築されましたが、天然資源の方では、過去において、原子力発電を導入せずに持続可能エネルギーとして風力発電の開発に力を入れ、この分野で世界のパイオニアになったことや、廃棄物リサイクルシステムの開発でも知られています。
現在デンマークの風力発電は、地上だけでなく大規模な洋上発電パークも各地に設けられ、国内の電気消費の約半分(2019年で47.2%)を占めるまでに至っており、国が目指している2030年までにCO2排出量を1990年の70%まで削減し、2050年までにカーボンニュートラルにするという大きな目標に少しずつ近づいているといえるでしょう。
このように、デンマークは、以前から環境・エネルギーを国の重要課題の一つとして取り組んできましたが、2020年に世界中に広まったコロナ・パンデミック、さらに2022年春に勃発したロシアによるウクライナ侵攻、ロシアとドイツを結ぶ海底ガスパイプラインが何者かに爆破されてロシアからのガス供給が完全にストップし、そのため欧州全土がエネルギー危機・物価上昇に陥るなど、政治的・社会的・経済的・環境/エネルギーなどあらゆる面で深刻な状況に直面しました。
<エネルギー危機をチャンスととらえる新たな試み>
コロナ・パンデミックが起きたちょうどそのころ(2020年当初)、デンマークでは、16の大企業と主要団体で構成されるグループが、一致協力して、“パワーツーXテクノロジー”(Power-to-X)*を段階的に導入することを決め、政府に必要な支援を求めました。
*パワーツーXとは、再生可能な電気エネルギーの変換、保存、利用を可能にする一連の技術と経路を指し、"X"とは、さまざまなエネルギーキャリアや用途を指します。風力発電など環境にやさしい電気を石炭や石油に代わるさまざまなタイプの燃料(水素やアンモニアなどの非炭素燃料)に加工することもここに含まれ、今後飛行機・船舶・トラック輸送など運輸業界での活用が期待されています。
さらにデンマーク政府は、主要な業界リーダー13人とスクラムを組み、「環境行動計画」を立てるために必要な具体的な提案を各業界に求めました。この中には、デンマークでもとりわけ大きな企業で、コンテナ輸送で国際的にも知られているA.P.モラー・マースク社(A.P.MØLLER MAESK)のCEOも含まれていました。
<マースク社の大きなチャレンジ>
A.P.MØLLER MAESK社は1904年に設立され、コペンハーゲンに本拠を置く海運コングロマリットで、従業員は世界中に10万人、コンテナ船だけでも約700隻所有し、42ヵ国に67のターミナルを持っています。そして1996年から今日にいたるまで、売上高は常に世界一の海運企業です。
船舶輸送は世界の物資運輸の約90%を占め、過去100年にわたり炭素燃料を使用してきた海運業界から出される炭素排出量は、グローバルレベルで約3%といわれています。そしてマースク社のコンテナ輸送は、世界コンテナ市場の約1/5を占めているので、これまでかなり環境汚染をしてきたことになります。
この事実に危機感を抱いたマースク社は、特に2021年以降、グリーンイメージへの大転換を図るために、モーターやグリーン燃料の研究開発やビジネス戦略の見直しなどあらゆる面に総力を挙げて取り組みました。コロナ禍で航空輸送が滞ったこと、また世界中で物流価格が大幅に値上がりしたことなどいろいろな要因が重なり、マースク社は、コロナ禍の2021年に過去最大の収益を上げました。
この収益を企業グリーン化の投資に充てたため、当初考えていたより数年早く計画が進み、今年の9月には、世界初のグリーン・メタノールを唯一の燃料とするコンテナ船のお披露目式が、欧州委員会委員長ウルズラ・フォン・デア・ライエンや世界各国のメディアも参加しておこなわれました。
左:撮影:Mads C.Rasmussen/Ritzau | 右:船体前方にはALL THE WAY TO ZEROの表示が
今後は、メタノール仕様のコンテナ船20隻を新たに導入するほか、既存の船のモーターを順次メタノール仕様へと切り替えて対応していくとのこと。さらにメタノールの生産工場を世界の戦略的地域(例えばスエズ運河やジブラルタル海峡近くなど)に建設し運営までおこなうことにしています。デンマーク政府も専門家も、ほぼ手放しでこれを歓迎したのはいうまでもありません。
マースク社のCEOは、「メタノールは決して完璧な解決策ではありませんが、今実用可能な代替燃料としてベストなものです。今後開発が進み、より環境にやさしい燃料が実用化されると思いますが、それまで手をこまねいて傍観しているわけにはいかないのです。」と語りました。大企業が莫大な費用を環境改善のために投資すれば、それなりの大きな成果が得られることを示してくれたように思います。
<私たち市民にもできることはある?>
ただデンマークでは、市民一人ひとりの環境に対する意識も高いと感じています。
それは幼児教育や学校教育の中でも重視されていて、子どものころから環境をたいせつに守ることを日常生活の中で学んでいますし、一般市民の間には、近年ますます環境保護の気運が高まっているようです。具体的には、ごみを作らない/出さない、食品を無駄に捨てない、出たごみはしっかり分別して最大限リサイクルに回す、電気その他のエネルギー節約、炭素燃料車からEVへの切り替え、バイオディバシティ(生物多様性)への関心と留意など、私たち市民一人ひとりができることは、数限りなくあるようです。
2022年5月38号で紹介した「ごみ分別」記事に記載したように、デンマークでは、今年から全国すべての自治体で、家庭から出るごみを10に分類することが義務付けられました。私が住んでいるゲントフテ市は、昨年までに9の分別は完了していましたが、残っていた古着・テキスタイルごみの分別について、それをさらに@そのままリサイクル、A繊維などにして再利用、B廃棄物の3つに分けることを市民に呼び掛けています。
全世帯に配布されたパンフレット。古着・テキスタイルの分別方法をわかり易く説明
それから私が毎日実行していることは、電気代の節約です。2022年9月40号の記事でも紹介しましたが、昨年秋のエネルギー危機の時期、多くの市民は電力会社の世帯別アプリをスマホに入れ、日ごと・時間ごとの電気料金をチェックしながら洗濯機や洗浄機を使用していました。どうもこの習慣が身に付いたようで、電気代がほぼ平常に戻った今でも、私を含む多くの人が、電気料金を毎日欠かさずチェックしています。料金が最も安くなる時間帯は、以前は夜中だったのが、今ではほぼ毎日午後1時〜4時頃に、平日よりも週末、天候が穏やかな日より風が強い日であることがわかりました。
午後の時間帯が一番安いのは、太陽光発電の生産量が昼間増えるからで、風の強い日が安いのは、風力発電の生産量が増すため。そして特に嵐の日などは、料金がマイナスになる(=電気を使えば収入になる)こともあるのです。さらに電力会社のアプリには、時間ごとにどれだけ環境にやさしい電気が使用されているかがパーセントで示されています。ここまで来ると、電気代を最大限節約する努力をゲーム感覚で楽しみながらすることができるようになります。
スマホの電気料金アプリ 左:時間毎の電気料金グラフ 右:時間毎のグリーン電気率
ごみの分別にしても、電気の節約にしても、これを普及・推進させるためには、市民が何をすべきかを理解するための、そしてどれだけ成果が出るかを確認できる「見える化」が社会に求められるのではないでしょうか。
最後に、今世界の自動車市場でEV(電気自動車)が新車販売部数に占める割合(2023年第2四半期)の興味深い調査結果が新聞に掲載されていたので紹介します。
1位ノルウェー82.1%6位オランダ31.8%
2位アイスランド38.9%7位アイルランド25.7%
3位スウェーデン38.6%8位スイス19.9%
4位フィンランド33.5%9位オーストリア19.7%
5位デンマーク32.0%10位ドイツ17.5%
(出所:Bloomberg,2023年9月)
(青色は北欧諸国)
23ヵ国の中に日本は入っていませんでした。この調査結果をどう読むかは、読者の皆さんに委ねたいと思います。