今からちょうど50年前の1972年1月14日、デンマーク国王フレデリック9世が逝去された日に、当時31歳だったマルガレーテ王女が女王に即位されました。1800年代からの伝統にのっとり、翌日15日には、時の首相と王位継承者は国会議事堂のバルコニーに姿をあらわし、議事堂前広場をびっしり埋め尽くした大勢の市民の前で、国王逝去と女王即位が宣言され、新女王がスピーチをされました。
本来なら、今年この日に、即位50年記念祝賀行事が盛大に執り行われる予定でしたが、コロナパンデミックのため、残念ながら祝賀行事の大半は、9月まで延期されることになりました。しかしデンマークの新聞やテレビなど多くのメディアは、即位50年という節目を記念して、数多くの特集を組んで、女王陛下の功績を称えました。
主要2大テレビ局では、それぞれ女王陛下の誕生から今日までの軌跡をたどる長時間特別番組をゴールデンアワーに2〜4回シリーズで放映しましたし、いずれの日刊紙も、数日間にわたり、数ページにおよぶ全面特集記事を掲載しました。これらの番組や新聞記事に触れた著者は、女王陛下がいかにデンマーク国民の尊敬を集めているかを改めて実感しました。
日刊紙Berlingskeが数日にわたって組んだ女王陛下即位50年特集号
下部の著書は、マルガレーテ女王の誕生から即位までの回想録
(著者:Tom Buk-Swienty、出版: Politikens Forlag 2021年)
ヨーロッパでは、デンマークだけでなく、現役では英国エリザベス女王(今年即位70年で世界最長)や近年退位されたオランダ女王など女性の王位継承例が見られ、将来はスウェーデンに女王が誕生することになっています。事情は国により異なりますが、デンマークにおける王位継承は、憲法に含まれる王位継承法で決められています。
旧来の継承法では男子のみに継承権が与えられていたため、もしこれを遵守していたならば、3人の娘で息子がいなかった前国王の次期継承者は弟君となり、その後はそちらの家系に移るはずでした。しかし様々な理由から、デンマーク国民は、国王直系プリンセスへの流れを望んだため、1953年に憲法の一部である王位継承法が、国民投票などのプロセスを経た上で改正され、「王位継承権は、基本的には国王直系男子にあるが、男子がいない場合は、最年長の女子が受ける」ことになりました。当時13歳だったマルガレーテ王女の将来は、この憲法改正により決定づけられたのです。
そして王位継承に関しては、もう一度大きなステップが踏まれました。それは2009年に実施された憲法改正です。21世紀になっても、継承権が基本的に男子優先であることはおかしいという世論の高まりもあり、前回と同じように、国会における法案可決→解散総選挙→新国会での可決→国民投票での可決という複雑なプロセスを経て、「王位継承権は性別を問わず、第一子が優先される」と改められました。同様の憲法改正が隣国スウェーデンでもおこなわれたので、スウェーデンの次期王位継承者は、現国王の第一子であるヴィクトリア王女に決まっているわけです。
2回にわたる憲法改正は国民投票による承認が必要でしたので、デンマークの人たちは、「マルガレーテ2世は、単に昔からのしきたりに基づいて女王になったのではなく、私たちが民権で彼女を選んだ」とよく表現します。また以前からよくこんな話も聞かれました。「もしデンマークが共和制に移ったとしたら、きっと国民はマルガレーテ2世を大統領に選ぶだろう」と。
即位50年を迎えた女王陛下がこれほどまでに国民から敬われ、君主として成功したのは何故なのか。日刊新聞Berlingskeに「成功12の要因」という記事が載っていたので、その要点をご紹介します。
- 君主に課せられた義務をしっかり果たしてこられた
- 決して政治に関与することはなかった
- 国民と一定の距離を保つと同時に、常に親近感も示される
- 好奇心旺盛で、何事にも興味を示される
- 言語能力の高さ
- さまざまなストーリーを語られる
- 自己への皮肉もユーモアたっぷり表現される
- 飾らない自然体な人柄
- 王室の扉を開いた(開かれた王室・時代の変化に適応した王室づくり)
- 芸術・文学面で多才な能力を発揮(翻訳・絵画・挿し絵・刺繍・バレー衣装や舞台デザイン等)
- 側近には常に優れたアドバイザーが
- 千年以上にわたる歴史の継承と次世代への準備(過去・現在・未来を繋ぐ継続と安定の象徴)
マルガレーテ女王は、海外訪問だけでなく、毎年夏には国内各地を歴訪される習わしがあるため、デンマークには、「女王様に子どもの頃花束を渡したことがある」、「握手したことがある」、「話しかけられたことがある」、「自宅にお招きしてお茶を出したことがある」、中には「女王様とダンスしたことがある」というように、女王陛下と身近に接した経験を持つ一般市民はかなり多く、そのようなエピソードは、次世代へと語られていきます。
私個人も、仕事を通じて、女王陛下に接する機会がこれまで何回かありましたが、最も印象深かったのは、昭和上皇が皇太子時代にデンマークを美智子妃とともに公式訪問された際、女王陛下自らガラス工芸工場を案内された時のエピソードです。通訳として御一行に同行していた私の所に突然女王陛下が近寄られ、「あなたの模様入りストッキングはどこでもとめられたのですか?」と尋ねられました。慌てて「フランス在住の友人からのプレゼントです。」と答えると、「あ、やっぱり。」とつぶやかれて立ち去られました。たった数秒間の出来事でしたが、女王陛下のいかにも女性らしい好奇心を垣間見た一コマで、今でもその時の光景が記憶に強く刻まれています。
左のボートに乗っているのは、デンマーク自治領であるグリーンランドとフェロー諸島の人たち
2022年1月14日付日刊紙Berlingskeに掲載されたもの