私たちは、一年半以上にわたり、一日も欠かさず「新型コロナ」と向き合ってきました。そしてコロナ・パンデミックがいつになれば終息し、人びとの意識から薄れていくのかは、未だに予測困難です。
このホームページでは、2020年3月からこれまで7回にわたりコロナ関連記事を扱ってきました。「もうこれで最後にしよう。」と何度も思いましたが、コロナ感染状況は刻々と変化し、特に現在の日本とデンマークにおける状況は、あまりにも対照的で、その事実は是非お伝えしておきたいと思うと同時に、なぜこれほど大きな違いが生じているかをもう一度考え、また皆さんにも考えていただきたくて、この記事となりました。
<データ数値の比較>
前置きはさておき、まずは現時点(9月15 日現在)での日本とデンマークのコロナ関連データ数値を見比べてみましょう。
(出所:Our World in Data、NHK、東洋経済オンライン、デンマーク感染研究所)
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日本 |
デンマーク |
総人口 | 126,220,000人 | 5,800,000人 (約1/21) |
感染者累計 | 1,654,908人 | 353,744人 |
死者累計 | 16,952人 | 2,619人 |
新たな感染者数 | 6,799人 | 343人 |
新たな死者数 | 65人 | 1人 |
重症者数 | 2,173人 | 10人 |
PCR検査数(1日) | 107,105人 | 41,851人 |
累計 | 22,590,267人 | 41,449,972人 |
ワクチン接種率 1回 | 65.17% | 76.33% |
2回 | 52.86% | 74.18% |
人口1000人当たりの感染者比率 | | |
| 5.39% | 5.91% |
両国の総人口は、日本がデンマークの約21倍なので、これを念頭に置いて、データ数値を比較しなければなりません。ここから見えてくるいくつかの注目すべき点は、
- これまでの感染者累計や死者累計を数で比較すると、感染者は日本がデンマークの約4.7倍、死者は約6.5倍だが、これは、総人口比21倍よりはるかに低い。つまり人口比で考えると、デンマークの方がコロナ感染は酷かった。
- 9月15日時点での1000人当たりの新規感染者数を比較すると、日本とデンマークはほぼ同レベル。
- PCR検査は、これまでデンマークは世界的にもトップレベルで実施されてきたが、日本は第5波が始まった頃から件数が増えてきているものの、世界的には非常に低いレベルで推移してきた。累計では、デンマークの方が日本より約2倍検査数が多い(デンマークはPCR検査とほぼ同件数の抗原検査も実施してきた)。
- コロナワクチン接種は、2回完了者がデンマークでは74%に達しているが、日本は開始時期の出遅れもあり、完了者は約53%に留まっている。
1000人当たりの新型コロナ検査件数/日 出所:Our World in Data
茶色:デンマーク 7.26 赤色:日本 0.86
新型コロナに対するワクチン接種率 出所:Our World in Data
<対照的な両国の反応>
ここに示したデータからは、最近の新規コロナ感染者数を国の人口比を加味して比較すると、これまでの約1年半では、デンマークの方がコロナ感染者およびそれに伴う死者が多く発生しましたが、現在の状況は、日本とデンマークがほぼ同レベルであることがわかります。
しかし、それにもかかわらず、日本では首都圏をはじめとする19の都道府県に緊急事態宣言が出され、(まんえん防止等重点措置は9県)期限延長が何回も繰り返されており、医療逼迫が問題視され、危機感と疲労感が募り、トンネルの先に光が見えない状態がまだ続いていますが、一方デンマークでは、新規感染者数の減少に伴い、春から夏にかけて徐々に規制が緩和され、ついに9月10日には、全ての規制が解除されるとともに、新型コロナが「社会的クリティカルな病気」から外されました。
デンマークに住む人々、特に若年層は、専門家のお墨付きを得た政府のこの決定に目を輝かせて喜び、長い間がまんしてきたさまざまな自由行動をここぞとばかり謳歌しようと、規制完全撤廃日の夜、いそいそと街に繰り出したのでした。
その様子はテレビニュースで報道されましたが、私をはじめとする熟年層の人たちは、未だに変異株感染が世界各地で終息せず、秋を迎える今、完全に解除してはたして良いものだろうか、と多少眉間にしわを寄せて見ていました。
このニュースは、海外でも大きく取り上げられ、世界保健機関WHOは、「デンマーク人は、法律を守り、政府の指示通りの行動を取る国民で、これがコロナ・パンデミックとの戦いでも効果を示している。」とコメントを出しました。このコメントは、多少誤解を招く可能性もあるので、あとで説明を加えます。
<なぜデンマーク政府は、規制全面撤廃を決意したのか>
これまでのコロナ関連記事でも書きましたが、デンマークが新型コロナを「社会的にクリティカルな病気」から外すと宣言するまでには、かなりの紆余曲折があり、問題もありました。
ただ総じていえることは、2020年3月以来今日に至るまで、デンマークは政府・行政・専門家・国民が一丸となってパンデミックに立ち向かってきたこと、そしてこの国がこれまでに築いてきた社会システムと最新技術そしてデンーク人の国民性が、ラッキーなことにうまくかみ合ったことが、これを可能にしたということです
もう少し具体的に分析しますと、以下のようになります。
- 政府の迅速・適切かつ慎重な対応 (詳しくは20年3月18日記事参照)
- コロナ感染陽性者1号がデンマークで発生してから約2週間後、首相はテレビ記者会見を関係大臣ほか担当局長(専門家)とともに開いて状況説明したのち、第1回ロックダウン(国家緊急特別措置)を宣言。これを実現させるために、国会で特別措置法(1年期限付き)を全員一致で可決、即施行。
- スタート時から政府が最も重視した政策は、医療逼迫や崩壊を絶対に起こさず、国民の命を最大限守ることであった。
- その後も状況変化に伴い、対策変更が必要となった時は、同様のテレビ記者会見をその都度開き、国民の理解を求めた。
- 特別措置法は1年後(21年3月)に改正され、その後は、国会に議員を出している全政党との協議に基づき対策を決定することとなる。
- 政治的決定にあたっては、その都度多数専門家で構成される諮問委員会にかけた。
- コロナ対策や状況判断に関し表立ってメディアで発言したのは、保健大臣、保健局長、国立感染研究所長ならびに、複数の感染症研究者・専門医。
- 国は、ロックダウンや規制により経済的に困難な状況に陥る事業者や個人に対し、迅速に多額の特別経済支援金を拠出した。
- 地方行政の連携と迅速かつシステマティックな対応
- デンマークの行政は、国・リジョン(5)・コミューン(98)の3段システムで構成され、医療・保健公的サービスはリジョンが担当している。そのため、今回は、このリジョンがコロナ対策本部を設け、政府・コミューン(日本の市町村にあたる)さらに民間企業と密接な連携を組んだ。
- 全国の医療機関で緊急に必要とされるマスク、消毒液その他医療品や医療機器を一括してリジョンが調達(海外からの輸入・国内企業への生産依頼交渉等)。
- デンマークの医療は、福祉や教育とともに公的サービスであり、国民が支払う税金で賄われているため、国や行政機関から出る通達内容は、全国全ての医療機関(特に病院)に迅速に伝えられ、実施された。またコロナ禍における、検査・診察・入院・治療・ワクチン接種等は全て無償。
- 企業・労働組合の協力
- 国内の製造企業の中には、通常の生産ラインを止めて、当初絶対数不足していた消毒液やフェイスシールドなどの防御用品の生産に切り替えた。(玩具で世界的に有名なレゴ社も、プラスチック防御品生産で協力)
- 政府は、組織や企業に大幅なテレワークを要請したが、大半の職場では即時に可能な限りテレワークに切り替えた(全員テレワークになった職場も多かった)。
- 働く人たちがフレキシブルに対応できた裏には、労働組合からのさまざまな支援があった。
- デンマーク人の国民性と信頼度
- デンマーク社会は、一世紀半以上かけて培ってきた民主主義が基盤にあるボトムアップ式社会であり、自立した個人の集団は、「自由と平等」・「権利と義務」をモットーに、自らが社会活動に参加しているという意識が強い。
- 今回のコロナ・パンデミックで、「デンマーク人が法律を守り、政府の指示に従った行動を取った」(WHOコメント)のは、単に上からの命令に従ったのではなく、国民が選択した政治家が、国民が十分納得できる理由説明と明確な対策を打ち出し、国民に直接協力を要請したからに他ならない。
- 政治・行政は、国民のために最善を尽くしてくれている、生活をさまざまな角度から守ってくれている、という思いが大半の国民にあり、この信頼度の高さが、コロナ禍で最大限効果を発揮した。
- デンマーク人は議論好きな国民だが、一旦意見がまとまると、すぐ結束できる国民性も兼ね備えている。
- 積極的・集約的な検査とワクチン接種
- デンマークにおけるコロナ・パンデミック第2波(20/21年冬)の前から、デンマークでは、感染拡大防止の最も強力なツールとして集団PCR検査を全国各地で実施した。日本と異なり、PCR検査は発熱などコロナ感染の疑いが出た人に限らず、全く無症状であっても、仕事柄どうしても職場出勤が必要な人や人と接触する機会が多い人たち全員に無料で提供された。
- 今年に入ってからは、さらにより短時間で結果が判明する抗原検査(当地ではクイックテストと呼ばれた)を数社の企業が行政から委託され、検査件数はさらに拡大した。
- いずれの検査も、短期間に効率よく進めるため、各地に臨時設置された集団検査場で実施された。
- また全ての検査において、感染経路の追跡が実施された。
- ワクチン接種は、20年12月暮から政府が示したワクチンプランに従い全国一斉に開始された。(詳しくは、2021年4月17日記事参照)
- 検査と同様、各地域に特別設置された集団ワクチン接種会場で効率的に実施された。(入院患者や特別な事情で接種会場に出向けない市民は、患者は公立病院で、後者は各自の家庭医クリニックで接種)
- デンマークは、@ファイザー・Aモデルナ・Bアストラゼネカ・Cジョンソン&ジョンソンを使用することを決めて輸入。(この際EU諸国は連携し、各製造会社との交渉はEU本部が担当した。)デンマークは、@とAから始め、BとCも今年春から使用する予定であったが、B使用で深刻な副作用事例が出たため、Bの一時使用停止を決め、結局BとCは公的ワクチン接種プログラムから外された。
- 検査件数およびワクチン接種率は、世界的に見ても非常に高いレベルで推移しており、ワクチン接種率はEU諸国の中でもいち早く70%台に達した国の一つ。デルタ変異株に置き換わったため、接種率をさらに85%まで上げる努力がされている。
- さらに3回目接種(ブースター接種)は、老人ホーム入居者や持病のある患者などから、既に9月に入ってから開始されている。
- 高度なデジタル社会とマイナンバーシステム(詳細は20年10月5日記事参照)
- デンマークでは、テレワークへの即時切り替えは、企業だけでなく、教育機関(学校)においても実施された(学童・学生のパソコン普及率は100%)。
- また、行政機関からのワクチン接種のお知らせや予約、結果通知、コロナパスなど、コロナに関連するすべての手続きは、すでに構築され普及していたデジタルシステムを基盤に、新たに追加したいくつかのアプリを利用しておこなわれた。
- デジタルテクニックを利用できない少数の市民に対しては、電話やレター形式によるコミュニケーションが取られた。
- デンマークでは、マイナンバーシステムは50年以上前から導入されており、これが社会のデジタル化を促進させたと同時に、この2つのシステムが、コロナ感染拡大防止対策の効率化を高めた。
<今後のゆくえ>
今回は、コロナ感染に対するデンマークと日本の対極的な取り組みや考え方の違いと、なぜその違いが生まれたかを考えてみました。ただこの記事を書いている間にも両国の状況は刻々と変化していますし、今後どのように進展するかも、はっきり言って、誰にも100%予測することはできません。
感染防止のための規制を完全撤廃し、新型コロナを「社会的クリティカルな病気」のカテゴリーから外したデンマーク政府も、コロナが終息したとは言っておらず、今後も必要となれば、これまでの経験を活かして、即刻必要な措置は取ると言っています。その必要性が起きないことを願い、また日本におけるコロナ感染拡大が収まり、医療逼迫が解消され、さらに海外に住む私を含む多くの日本人が、不条理な監視・隔離を受けずに帰国できる日が一日も早く戻ることを切に祈って止みません。
新時代:今日から新型コロナが社会的クリティカルな病気から外された
出所:日刊新聞berlingske 2021年9月10日掲載