デンマーク・日本いろいろ 第31号
コロナ禍で見えない日本の底力
2021年1月
コロナ関連記事はこれまで5回掲載して来ましたが、現在日本およびデンマーク両国における感染状況や対策が、新たな重大局面を迎えているように思われるため、ここに敢えて、再度、コロナ問題を取り上げました。これまでの記事と重複する箇所もありますが、日本の現状が海外に居住する一人の日本人にどう映っているかをお知らせします。
<緊急事態宣言発令後の日本>
日本では、新型コロナウイルスの感染拡大が一向に収まらず、11の都府県に緊急事態宣言が発令されました。 総理、大臣、緊急事態宣言が出された都府県の知事たち、そして多くの専門家や医療関係者が、毎日繰り返し、不要不急の外出自粛や三密を避けることを国民に訴えていますが、東京をはじめとする多くの大都市では、以前より町に出る人の数は多少減ったものの、4月の緊急事態宣言が発令された時期と比べると、数倍も多い人が外出していることが調査で明らかになっています。また職場でも、7割をテレワークにするよう努力してほしいと要請されていても、通勤時の電車の混雑は激減しておらず、出勤者の人波は消えていません。つまり、政府や関係当局、専門家の訴えが、国民にしっかり受け止められていないのが現状です。
TVニュースの街頭インタビューを聞いていると、コロナは怖いと感じている人が大半を占めていても、「周囲の人が外出しているから、私もつられて出てしまう。」とか「私は若いし、罹っても重症にはならないだろうから、ある程度気を付けて行動すれば大丈夫だと思う。」とか、感染者の多くが若者層で、無症状の若者が感染を広げているにもかかわらず、彼らにはほとんど危機感が感じられません。
さもあらん。緊急事態とはいえ、殆どの店は開業していますし、飲食店なども時短営業を余儀なくされていても、まだ大半の店が営業を続行、さらに文化・クラブ活動などもコロナ感染拡大予防対策を十分取ることを条件に継続されています。そもそも「不要不急」とはどういう意味なのか、その定義そのものが、人によりかなり異なっているように思われます。
<ロックダウン下のデンマーク>
所かわって、こちらデンマークは今どうなっているかといいますと、昨年11月下旬頃からコロナ感染者数が拡大の一途をたどり、クリスマス休暇から年末にかけての人の移動や会合で拡大がさらに強まることへの危機感を抱いた政府は、これまでの2カ月間に、段階的に規制強化をはかってきました。
そして12月中旬からは、全国的ロックダウンが適用され、スーパー・食料品店・薬局をのぞくすべての店舗が閉鎖、集会(社会的接触)は最大10名、そして5年生以上の生徒・学生はオンライン授業へ移行、公的機関および民間企業でも最大限のテレワークが奨励されました。以前からデジタル化が各方面で進んでいるデンマークでは、学校でも職場でも、オンライン作業が問題なく実行されています。さらに1月に入ってからは、イギリスや南アフリカで発生したコロナ変異株の侵入・拡大を怖れた政府は、ロックダウン規制を一層強め、現在では社会的接触は最大5名、すべての教育機関ですべての生徒・学生に対するオンライン授業が実施されています(ただし保育所はオープン)。
ロックダウン後のコペンハーゲン中心部
これらの厳しい規制と人びとの努力が功を奏し、一日の感染者数は、ロックダウン当初約  4000人だったものが、1ヶ月経過した今は、800人程度まで減少してきています。 またデンマークでは、12月27日からワクチン接種が開始され、介護施設入居高齢者およびコロナ感染に直接かかわっている医療・介護従事者を最優先して、かなりスピーディーに接種が進められています。[国際比較:100人当たりのワクチン接種人数 主要国としては、イスラエル、アラブ連合共和国、バーレーン、イギリス、アメリカに次ぎ6位 3.2%] このように明るい兆しが見えてきているものの、感染力の強い変異株を抑え込むためには、油断は禁物と政府は判断し、規制解除を当分おこなわない方針を打ち出しています。
コロナワクチン接種国際比較
出所:Our World in Data
<こうも違う、日本とデンマーク政府の記者会見>
日本では、コロナ対策に関する政府の見解を、菅総理が原稿を読みながら言及する、または西村経済再生担当大臣が単独で記者会見に臨み、質疑応答に対応する形式で伝えられることが多いように見受けられますが、デンマークでは、コロナ対策に関する新たな規制が発表される際、首相、各専門分野の長である担当大臣、関係当局トップ、場合によっては各政党代表や労使組織などが事前協議した上で、記者会見(テレビ同時中継)に臨み、首相が対策の概要を説明し、その後関連省庁のトップが各担当分野の視点から規制の必要性や具体的な内容を説明し、その後メディア代表との質疑応答が長時間にわたりおこなわれます。
過去1年間に、このような記者会見が何度も行われてきましたが、ここに来て、今まで以上に厳しい規制が出された時は、さすがに多くの人々が、「また来たか!」と深いため息を付きました。しかし、首相をはじめとする国や関係当局トップが訴える時局の深刻さや規制の必要性、そして今皆が何をしなければいけないかを具体的に示してくれたことで、国民一人ひとりが難事克服のために努力しなければいけないという気持ちが湧き、「仕方がない、ここは頑張るしかない!」となったのです。単に言われたから「従う」のではなく、「納得」したから一人ひとりが社会のために行動するというスタンスであり、政府と国民が一丸となって対策に挑もうとする姿勢が見て取れます。
これに対し、現在の日本における対応を日々のニュースで知る限りでは、残念ながら、政府と国民が一丸となって対策に挑でいる姿勢はあまり感じ取れません。
<デンマークと日本の違いの要因は何か>
両国のこの違いは何に起因しているかを考えてみました。要因は多々あると思いますが、大きくまとめると、以下の3点になるでしょう。
1.要請と強制力
日本の緊急事態宣言は、あくまでも「要請」の域であり、強制力を持たない。(そのため現在特別法や感染症法の改正が検討されている。)

デンマークの場合は、昨年3月に施行された新型コロナウィルス感染抑制のための特別法(1年のみ有効な法律)により、政府(特に保健大臣)に非常時における執行権が与えられ、要請のみならず、実施を義務付ける強制力がある。
2.「高福祉・高負担」社会と「中福祉・中負担」社会
「高福祉・高負担」で社会保障制度が整備されているデンマークでは、政府・地方自治体・公的機関さらに民間企業との連携が取りやすく、今回のような非常時においても統括的かつフレキシブルな対応が可能で、医療崩壊の可能性は極めて低い。 また国民は無償で必要な公的サービス(医療もその一つ)が受けられ、PCR検査なども全国各地に設置された多くのテストセンターで簡単にかつ無償で受けることができる。 [総人口580万人でPCR検査を受けた人(累計)は420万人、回数にすると1230万回] さらに、コロナ禍で失業・減給の憂き目に遭ったとしても、経済的な保障を受けられるため、生活困窮に陥る心配はない。

日本の場合は、医療一つとってみても、民間病院が圧倒的に多く、政府・地方自治体との連携が取りにくく、人口に対する病床数が多い国(OECD1位)にもかかわらず、病床が逼迫している。また働いている人たちの中には、企業の倒産、解雇、減給などにより生活に不安を抱えている人が増加しており、生活弱者の困窮化による自殺者増加も問題視されている。日本は「中福祉・中負担」社会を選択した。
3.信頼度と発信力
デンマークには長年培われたボトムアップ式デモクラシー(国民の総意に基づいて社会が動く)があり、それを代行する政治家や行政に対する信頼度が高い。また政治家やトップリーダーたちの発信力も強い。
 以上のような相違点が、コロナ禍の今、一段とくっきりと表面化してきているように思われます。誰もが「安心・安全な生活」を切望していますが、これは、専門知識を基に対策を練る専門家、そのアドバイスを加味して対策を決定する政治家、そして決定された対策を受け入れ実行する国民の3本柱の意識が噛み合ってはじめて、生み出せるのではないでしょうか。
<日本の底力>
26年前の阪神淡路大震災、そして10年前の東日本大震災、その他これまで日本が遭遇した大規模災害時に、日本人は、世界中の人々が感銘を受けるほどの迅速な支援・協力、忍耐力と礼節さ、被災者に寄り添う強い気持ちで危機を乗り越えて来ました。これは日本が誇れる「底力」だと思います。 今世界が直面しているコロナウィルスという目に見えない敵との長期戦においても、是非日本の底力が発揮されることを強く願っています。