<あれから>
2020年も後半に入りました。中国から始まった新型コロナウイルス感染の波は、日本をはじめとするアジア諸国、ヨーロッパ諸国、北米/南米諸国、アフリカ諸国と世界中に広がり、このパンデミック状況は、地域により発生時差はあるものの、未だに終息の兆しが見られず、トンネルの先の明かりが見えない状態が続いています。
日本では緊急事態宣言が5月末に解除されたものの、感染者数は逆に徐々に増加して第2波を迎え、これが現在も続いています。せっかくのお盆休みも帰省客激減で、いつもなら超満員の新幹線や飛行機もガラガラ。消費拡大を意図した政府のGO TO TRAVELキャンペーンもあまり効果が上がっていないようです。
そしてこのコロナ感染の波は、観光業・飲食業や多くの中小企業を直撃し、非正規雇用者や自営業者の生活を脅かし、日本では深刻な経済・社会問題が浮上してきています。
さらにコロナ禍で学校が長期にわたり閉鎖されたことで、いつもなら約1ヶ月ある子どもたちの夏休みまで大幅に短縮されて、2週間とか9日間しかなかった学校もあると聞いています。このように、毎日日本のメディアが伝えているのは、コロナ禍のネガティブな側面が多く、それに豪雨災害・記録的猛暑・熱中症問題が加わり、日本のテレビニュースを見るたびに深いため息が出る今日この頃です。
<デンマークにおける経緯>
5月までにデンマーク政府が取ったコロナ感染症対策やそれに対する国民の反応などについては、既に3回にわたる記事で紹介してきましたが、その後の経緯を簡単にまとめると、次のようになります。
* デンマークにおける感染状況は、4月下旬ごろから7月中旬ごろまで減少傾向が続きました。しかし7月の夏休みバカンス時期に人びとの移動が活発化したこともあり、8月上旬ごろから再び感染者数が増加する傾向が見られ、また局地的な集団感染が数か所で発生するなど、決して油断はできない状況ですが、まだ第2波といえるような状態には至っていません。
* デンマーク政府は、このようなコロナ感染状況の推移を見極めながら、4月中旬から、段階的かつ慎重に社会封鎖解除を進めてきており、5月下旬には美術館、映画館、劇場、遊園地等の文化・アクティヴィティー施設や高校や全寮制国民高等学校などの教育機関が再開されました。
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旅行:6月中旬からは解除第3段階として、コロナ感染状況がデンマークと同程度であるアイスランド・ノルウェー・ドイツとの間で、一定条件の下で観光客の往来が可能になり、また一部の飛行機の定期便運航が再開されました。その後夏休み時期の7月からは、その他のヨーロッパ諸国への渡航も、デンマーク外務省からの忠告に極力従うことを条件にある程度可能となりました。とはいえ、デンマークの大半の人たちは、今夏バカンスを国内旅行に切り替え、首都コペンハーゲンを除く地方の観光地は、デンマーク人のキャンピングカーや貸別荘利用者でかなり賑わったようです。
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集会:「10人を超える集会禁止」が「50人を超える集会禁止」へと緩和され、また7月からは100人にまで緩和されました。デンマークでは、例年5〜6月は15歳の子どもたちの堅信式や結婚式シーズンですが、コロナ禍でこれらが7〜8月まで延期されていたため、50人まで参加できるホームパーティーへの要望が強かったことも考慮されたようです。
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PCR検査:コロナ感染状況を把握する上で重要なカギとなるPCR検査は、当初は設備不足もあり感染の疑いがある人や濃厚接触者に限定されていましたが、6月からは、民間企業からの絶大な支援もあり、設備・マンパワー共にキャパシティーが大幅に拡大され、希望する一般市民だれもが無料で受けられるようになりました。またクラスター感染が発生した町には、移動式検査車が出動して対応するようになっています。
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マスク:ヨーロッパ各国で徐々に社会封鎖解除が進む中、多くの国は封鎖解除とコロナ感染拡大防止の両立を図る一策として、マスク着用を促す(または義務付ける)動きが生まれました。その流れの中、デンマークを含む北欧諸国は、なかなかマスク着用に踏み切らなかったのですが、デンマーク保健庁は、これまでの見解を一変させ、夏休みが終わり出勤する人が増え、学校が新学期を迎える8月上旬からは、公共交通機関で混雑している時間帯のマスク着用を推奨し、さらに最近の首相記者会見で、8月22日以降は公共交通機関でのマスク着用が義務付けられることになりました。
デンマーク国旗柄のマスク 日刊紙Berlingske8月1日掲載
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封鎖解除第4段階の延期:また同記者会見では、8月に実施する予定だった封鎖解除第4段階(集会制限200人まで拡大やナイトクラブ・ディスコなど夜の興行活動再開等)は10月末まで延期されることが伝えられました。
<コロナ危機が生んだポジティブな側面>
以上のように、デンマークでもコロナ感染が社会閉鎖・経済停滞を引き起こし、これまでに経験したことのない深刻な多くの問題が一挙に噴き出て、3月以降はコロナに振り回された感がありますが、日本とデンマーク両国のメディア報道を日々フォローしていて、またもや両国の違いに驚かされます。
それは、日本メディアがコロナ問題を常にネガティブに伝えているのに対し(これは至極もっともなことなのですが)、デンマークメディアは、コロナ禍で起きているさまざまなポジティブな側面をしきりに取り上げてきたことです。小国デンマークは、これまで何度も敗戦の憂き目に遭いながらも独自の施策でそれを乗り越えて来た歴史的経験と「したたかさ」があるからでしょうか、今回の危機も一つのチャレンジと捉えることが出来るのかもしれません。
ここにメディアで報道されたポジティブな話題のいくつかを紹介します。
@ 行政と民間企業のタイアップ
社会が閉鎖された当初、デンマークではコロナ感染抑制に必要な備品や設備が絶対数不足し、PCR検査も限定的でしたが、公共医療機関・行政・民間企業が緊急合同チームを作り、問題解決に挑みました。その結果、国内民間企業数社が知恵をしぼり、急遽不足していた数々の必要備品の生産を開始し、海外からの輸入だけに頼らず補填することができました。
またデンマーク最大大手医薬品メーカーのノボ社は、多額の資金とノウハウを提供し、PCR検査の大幅拡大に貢献しました。
A オピニオンリーダーたちのポジティブな未来展望
今回の社会閉鎖により多くの経済活動が停滞し、今後の先行きが見えにくくなっていた時、財界トップなどのオピニオンリーダーたちからは、「コロナ危機をデンマーク産業強化のための踏み台にしよう!」という意見や具体的な提案が続出しました。コロナ一過では、これまで以上に環境にやさしい産業とデジタル化のさらなる強化が必要になるので、どちらにおいても世界最先端を行くデンマークは、今が飛躍する絶好のチャンスだというものです。
その具体例の一つとして、エネルギー供給企業・陸/海/空輸送大手企業ならびにコペンハーゲン空港が合弁会社を結成し、2030年までにCO2排出量を70%削減するという政府ビジョンの一助となるべく、船・飛行機・トラック輸送のための環境にやさしい新燃料を開発・生産する取り組みが、コロナ禍でも着々と進んでいることが報道されました。
B 小規模企業や起業家たちの新たな取り組み
多くの中小企業が経営困難な時期にある中でも、発想法の転換や企業間・公共サービス機関との連携強化等により、新たなビジネスの活路を見出した中小企業がメディアで数多く紹介されました。その一例としては、20代女性3人が3年前に始めた女性投資家を増やすためのコンサルティング会社が、コロナ禍でセミナー活動が出来なくなったことを逆手に取り、活動すべてをデジタル化して収益を7倍に増やしたケースもあり、新聞購読者の私まで「よくぞやってくれた!」とガッツポーズを取ったほどです。
躍進させた若い女性起業家たち 日刊紙Berlingske8月8日掲載
C テレワーク
緊急事態宣言が発令されると同時に、デンマークでは、公共サービス機関はほぼ全面的に、また民間企業でも可能な限り、オフィスワークが自宅でのテレワークに切り替えられました。すでに以前からデジタル化が進んでいたデンマークでは、この切り替えは殆ど問題なくスムーズにおこなわれたようです。その後通常のビジネス活動が再開された頃、多くの企業トップからは、テレワークにより仕事の効率が上がった、移動時間ロスがなくなりコスト節約にもなった等のポジティブな感想が聞かれ、被雇用者サイドからも、今後家での仕事を増やしたいという意見が多く聞かれました。以前からフレックスタイム制を導入している職場が多いデンマークでは、今後ますます、よりフレキシブルな働き方が進むことになりそうです。
D 市民生活
子どもたちへの影響:
社会閉鎖下で一時は保育所も学校も閉鎖されましたが、この期間中は多忙を極める共働き家族に時間的余裕が生まれ、多くの子どもたちが精神的なゆとりを得られたという調査が報告されました。また4月に保育所と低学年クラスが再開されてからは、3密を避けるため屋外授業が積極的に導入されましたが、これも子どもたちの発育や学びに良い影響をもたらしたという調査結果が出ています。デンマークでは休校中も全生徒がデジタル授業を受けていたので、授業の遅れを懸念する声は全く聞かれず、例年通り約6週間の夏休みが実行されました。
夫婦関係:
社会閉鎖時の自宅テレワーク導入により、共働きが当たり前のこの国では、夫婦/カップルが揃って家で仕事をするケースが増えました。それなりの課題はあったものの、6月下旬に18歳以上の1000組のカップルを対象におこなわれたアンケート調査によると、全カップルの87%が、コロナ危機がパートナーシップにかなりまたは非常にポジティブな影響を与えたと回答しています。この内訳は、18〜35歳で77%、36〜59歳で87%、60歳以上のカップルでは95%でした。
解決すべき課題・問題から目をそらして単に楽観視することは困りますが、今回のような社会的危機に遭遇しても、ピンチをチャンスに変えようとする人たちが社会のトップリーダの中にも一般市民の中にも大勢いることを知ることは、心強く勇気づけられます。そしてこんな時だからこそ、ポジティブ嗜好が未来への希望のアカリを人びとの心に灯してくれるのではないでしょうか。