<これまでのデンマークの流れ>
3月中旬デンマークに緊急事態宣言が出され、国が閉鎖されてから2カ月が経ちました。デンマークでは、その後感染者数が右肩上がりに増えつづけ、3月下旬には1日の新型コロナウィルスによる入院患者数が全国で90名を超える日も出て緊張が高まり、4月1日には、新型コロナ感染入院患者実数が535名、集中治療室患者数153名、その内呼吸器使用患者数138名にまで至りました。多分これが、これまでの感染状況グラフのピークだと思います。(デンマーク総人口580万人、ほぼ北海道と同じ)
5月13日の日刊新聞Berlingskeに載った感染に関する統計数値とグラフ
ただデンマークでは、4月上旬のイースターホリデー中も、皆がステイホーム・距離を置く・手洗い消毒などの基本マナーを守り、またその間、政府は政党・行政機関・医療機関・労使組織・専門家・経済界などあらゆる機関や関係者と協議して、不足していた必要備品調達から感染抑制策・経済対策・これからの戦略などを検討し、即実行に移し、また記者会見を通じてその経過や決定事項を国民に通知してきました。このような国民とディシジョンメーカーたち双方の努力が功を奏し、心配していた感染爆発を免れることがほぼ確実となって、4月中旬から段階的に制限緩和をおこなうこととなりました。
その第1段階として、まず保育園と小学校5年生までの学校授業を再開し、続いて一部の職業(各種療法士、美容院、歯科・マッサージクリニックなど)の営業再開が認められました。当然、国が示した予防策を十分クリアすることが活動再開の条件でした。この条件はかなり厳しいものだったので、保育園でも学校でも再開準備は大変だったようですが、さまざまなアイデアを駆使して難題に取り組む教育者たちの前向きな姿勢が目立ちました。幼児や低学年生が再開を喜んだのは勿論ですが、フルタイム・テレワーク+子育て+家事を一度に家でこなさなければならなかった親たちにとっても、この再開は嬉しいニュースでした。
公園で課外授業をしている小学生と先生
それから2週間経過した時点でも感染減少傾向が続いたため、5月上旬には制限緩和の第2段階が首相記者会見で発表されました。まず小売業が全面再開され、1週間準備期間をおいて6〜10年生(小学校高学年と中学生)の通学、図書館、レストランやカフェ、さらに屋外でのスポーツやクラブ活動などの再開が、やはり厳しい条件付きで認められました。また同じ記者会見では、制限緩和の第3段階(6月上旬予定)、第4段階(8月上旬予定)についても触れられ、政府の方針やこれからの道筋が示されました。
緊急事態宣言発令からこれまで、フレデリクセン首相は、全国民向け記者会見を6回おこなってきました。この記者会見には、必ずといってよいほど会見内容に直接関わる分野のトップ(例:社会大臣・経済大臣・保健局長・国立血清学研究所部長など)も同席し、まず首相が政府指針とそこに至るまでの経緯など大枠を話し、その後同席者がそれぞれの立場から専門性の高い説明を加え、記者代表からの質問に答えるという形式を取っています。この首相記者会見を聞くたびに、彼女のコミュニケーション力・判断力・統率力に感動すら覚えるのは、どうも私だけでなく、彼女のメッセージはデンマークに住む多くの人たちの心に響き、人びとの結束と助け合い=ソーシャルマインドの強化につながったようです。
<統計数値の見方と違い>
デンマークのメディアが毎日フォローしている統計数値は、@前日の全国入院患者実数(前日1日の新入院患者数)、A集中治療室患者実数、B呼吸器使用重篤患者実数とC前日までの新型コロナウィルスによる死亡者総数です。
そしてここに至るまでのプロセスは、@疑わしい症状が出たらまず自分の家庭医に電話連絡する。(デンマークに暮らしている人は誰もが家庭医を持っている。)A家庭医が検査の必要を判断した場合は、指定された公的医療機関に出向いてPCR検査を受ける。B検査結果が陽性と出て、医療機関が入院する必要があると判断した場合は入院する。というもので、軽症者は家庭医との連絡を取りながら自宅隔離することになります。
私は日本における状況も、日々海外向け日本のテレビニュースでフォローしていますが、日本で注目している数値は、@累計感染者数(+1日前の新感染者数)、A都道府県ごとの感染者数(累計+新患者数)、B累計死亡者数(1日前の死亡者数)であり、デンマークとは大きく異なります。
ここでいう感染者数は、あくまでも検査を受けて陽性と判定された人の数ですから、検査件数そのものが少なければ当然陽性と診断される感染者数も限られ、検査を幅広く実施している国であれば感染者数も多く出る可能性が高くなるので、この数値を基準に国別の比較をしてよいものかどうか少々疑問を感じます。[1日の検査件数:ドイツ約5.7万人、デンマーク(現在)約4.8万人、フランス4.3万人、日本最新4800人/最高1.2万人] 特に日本は、検査件数が他国と比べて非常に低いといわれており、実際の感染者数は統計数値の20倍とか30倍とか、全く見当が付かないとか、・・・いろいろ問題がありそうです。
<マスク>
日本では、マスクは以前から風邪・インフルエンザ・花粉症予防対策などに欠かせないものとして日常使われていましたから、今回のコロナ感染問題が発生したと同時に、多くの市民が今まで以上に多量のマスクを購入し、2月には殆ど品切れ状態になったほどでした。そしてそれを解決する一策として、首相自らが、愛用の布マスクと同様のものを全世帯に2枚ずつ配布するという迷案を打ち出し、多額の予算を投じて実施しているようですが、自家製マスクを使用する人が増え、また既に市場にはマスクが十分出回ってきて値崩れ現象も起きているというニュースも聞かれる今日この頃。いずれにしても、しばらくは、マスク姿が日本の町から消えることはないでしょう。
私も2月来日中は、外出時に必ずマスクを着用していましたし、帰りの飛行機の中でも、多くのヨーロッパ人乗客に混じり一人だけ、食事時以外マスクを外すことはありませんでした。ところが、3月の記事でも書いたように、デンマークに戻ってみると、マスクを着用している人は皆無に等しく、保健局からも「マスクの効果は科学的に立証されていないので着用する必要はありません。」というコメントが出され、「かえって着用しているアジア系の人は怪しまれる恐れがあるので、使用しない方が無難。」という日本大使館からの忠告もあり、マスクはあっても使わず状態が今日まで続いています。そう、欧米人にとっては、マスクは病院の手術室で使用するものというイメージが強く、一般市民が平時に使用するものではないと考えられているのです。
ただイタリア・スペイン・フランス・イギリスなどヨーロッパ諸国で感染が広がり、普段マスクをする習慣のないヨーロッパ人もこの危機的状況下に至ってマスクを着用する人が急増しましたし、制限緩和が徐々に始まっている現在では、外出時にマスク着用を義務づけている国が多くなりました。でもそのような流れの中で、どういうわけか北欧諸国は、いまだに国民に幅広く着用を推奨したり義務化することはしていません。マスク一つ取っても、国や地域で見解が大きく分かれているのは興味深いことです。
<スウェーデンとデンマーク>
日本でも報道されているのでご存知の方も多いと思いますが、デンマークの隣国スウェーデンは、今回のパンデミックに際し、デンマークをはじめとする大半のヨーロッパ諸国と袖を分かち、かなりリスクの高い思い切った対応策を取っていることで注目されています。具体的には、保育園・学校は平常通り、レストランやカフェも平常通り、集会は500人未満(後日50人未満に変更)というようにかなりオープンで、政治家はほぼ影を潜め、そのかわり一握りの専門家(国立伝染病研究所の疫学者など)が指南役となり、国民に対して「出来るだけ普段に近い日常生活を続け、各自が責任を持ち、専門家から出される発信に基づいて理性的に行動してください。」と訴えているのです。
前代未聞の事態で先行きが全く見通せない中、人命より集団免疫づくりを最優先させるスウェーデンのギャンブル的な対応は、結果として感染拡大や死亡者数の急増を招き、国内の一部専門家や市民からかなり強い不満や反論が出たことは容易に想像がつきます。しかしこれまでのところ、専門家や政府に対するスウェーデン国民の信頼度は決して低くないという調査結果が出ており、調査をおこなった研究者は、16世紀から続くスウェーデンの官僚主義の歴史が影響しているのだろうと分析しています。
| 感染者数 | 死亡者 | 死亡率 | 10万人当たりの死亡者 |
スウェーデン | 16,755 | 2,021 | 12.1% | 19.85 |
デンマーク | 8,271 | 394 | 4.8% | 6.80 |
(出所:Johns Hopkins University of Medicine, 4/21日現在)
コロナ対策に関する | 政府への信頼度 | 保健局への信頼度 |
スウェーデン | 6.3 | 7.2 |
デンマーク | 7.8 | 8.0 |
(10:完全に信頼している 0:全く信頼していない)
(デンマーク法律・経済専門家協会+ルンド大学共同調査
調査期間:3/27〜4/3、アンケート回答者:デンマーク1219人、スウェーデン1279)
デンマークでは、隣国スウェーデンの対応を不可解に思い、疑問視している人が多いのですが、集団免疫の必要性を主張する専門家の中には、いずれ制限緩和の段階になれば、デンマークも他のヨーロッパ諸国も、スウェーデンモデルに近い状態になるだろうと推測している人もおり、正直な所、どちらのモデルがベターかという問いに答えられる人は今のところ一人もいないでしょう。一人ひとりの命が何よりも大切と考えるか、社会が機能すること(経済が回ること)が人びとの生活にとり何よりも大切と考えるか。どちらがより大切なのか。
現在は、[感染抑制]と[経済回復]という2つの重要課題が天秤ばかりに乗っており、どこの国のリーダーたちも、ある意味で相反する重要課題をバランスよく舵取りすることに頭を悩ませているのだと思います。そしてその舵の取り方が、それぞれの国で大いに異なることが今回はっきり見えた気がします。
日本は日本なりの、スウェーデンはスウェーデンなりの、そしてデンマークはデンマークなりのやり方があるのでしょう。ただこの新型コロナ感染という社会的危機を体験して私が今強く感じていることは、危機を乗り越えるための最大の原動力は、[ソーシャルマインド/ソリダリティー]と[政治・行政・国民に対する信頼]ではないかということです。