デンマーク・日本いろいろ 第23号
「地球環境問題−デンマークはどう取り組むのか」
2019年11月
地球温暖化が言われるようになって、何年になるでしょう。日本だけ見ても、夏の酷暑や集中豪雨、そして台風などの気象現象が年々激しさを増し、それに伴う被害・災害規模もどんどん拡大して、「この先どうなることか…」と皆が底知れぬ不安を抱いている今日この頃だと思います。「想定外」と言われた自然災害が相次いだ結果、すでにそれらを「想定内」の域に入れて対処しなければならない時代を迎えています。
世界レベルでも、国連をはじめとする国際組織や専門家たちが警鐘を鳴らし、地球環境改善のための国際サミットや協定が結ばれて関心が一段と高まっていますが、この「待ったなし」の状況にもかかわらず、その流れに逆行する動きも一部にあって、世界各国が一丸となってこの問題解決に取り組むことの難しさも浮き彫りにされています。
私が暮らしているデンマークは、北緯55.4度に位置する北国で、これは日本付近ならカムチャッカ半島ぐらいです。そう言うと、極寒の国のように思われるかもしれませんが、幸いデンマーク近海にはメキシコ暖流が流れてきているので、冬でも零度±5度前後で、比較的温暖な気候です。
ただデンマークの地理的な特徴は、良くも悪くも全土が平坦であることで、山らしい山はありません(最高地点で海抜173メートル)。ということは、日本のような大きな川もないわけで、「水は流れるものではなく、溜まっているもの」なのです。つまり、私たちの生活に大切な飲み水は、すべて地下水でまかなわれており、これが汚染されたら大変なことになります。そして雨量がかなり多かった今年は、地下水が上昇して、農地や住宅街が浸水する被害があちこちで発生しています。
平坦な地形の利点は、国土の土地有効利用度が高く、インフラ環境が整備しやすいこと、さらに建物や畑など、どこでも広いスペースが確保できることが挙げられるでしょう。けれど平坦な地形の弱点は、今後地球の温暖化がますます進み、北極や南極の氷が解けて海水レベルが上昇すれば、もろにその影響を受けてしまうことです。この現象は、既に近場(グリーンランドを含む北極圏)で目に見えて始まっているので、デンマークとすれば、非常に深刻な問題です。
今年6月の総選挙により新政権(社会民主党単独内閣)が発足しましたが、政府はこれを機に、かなり大胆な環境政策を打ち出しました。それは、1)CO₂排出量を2030年までに70%減らすこと、2)2050年までにデンマーク全体としてカーボン・ニュートラル(つまりCO₂を±ゼロにする)という目標です。デンマークやドイツなどでは、これをクリーマ・ニュートラル(気候ニュートラル)と呼んでいます。
このうち、特に1)の目標に関しては、「猶予期間が短くて現実的でない」とか、「削減数値ばかり気にしていたら、本来の目的を見失うことが懸念される」といった意見も有識者から出ています。まさに「言うは易く行うは難し」ですが、デンマークの新政府は、打ち出した目標に向かって、これからどんな行動に出るか、そしてどうやって実行していくか、これが最大の課題であり、政府のリーダーシップが問われるところです。
まず初めのステップとして今注目されているのは、政府と産業界とのコラボプロジェクトです。それは、デンマークの主要産業を大きく13の分野に分け、それぞれの分野で、業界や個々の企業が環境改善のために具体的に何が出来るかを考え、実行するための「環境パートナーシップ」と呼ぶ組織を作り、各業界から出される対策案の実現化を確実なものにし、また実行状況をフォローするための審議会のような組織「グリーン・産業フォーラム」を立ち上げることです。
ここで言う13の産業分野とは、@陸上交通とロジスティクス、Aサービス・IT・コンサルティング、B航空関連、C廃棄物・水・リサイクルエコノミー、D土木建築、Eライフサイエンス・バイオテクノロジー、F小売、G製造、H金融、➉エネルギー・資源供給、J海運、K重工業、L食品生産で、「環境パートナーシップ」組織の会長は、各業界を代表する有力企業のCEOが名を連ねています。そして、「グリーン・産業フォーラム」には、政府代表(環境大臣、就労大臣、産業大臣など大臣数名)と環境パートナーシップ組織の会長13名の他に、労働組合代表や環境専門家などが加わることになっています。
デンマーク最大企業で、コンテナ輸送で世界的にも有名なメアスク(A.P.Møller-Mærsk)という会社のCEOは、パートナーシップ会長就任にあたり、こう述べました。「海運業は過去100年にわたり、石油を主要燃料として使用し、世界の約90%の運送を担ってきました。そしてこの業界全体のCO₂排出率は、グローバルベースで約3%と言われています。我が社は、コンテナ輸送世界市場の1/5を占めているので、地球環境問題への影響は大きく、改善への積極的な取り組みが求められています。すでにかなり前から環境問題に取り組んでおり、今後さらにスピードアップしていくことになりますが、現時点では、石油に代わる3つの代替燃料を見つけ、そのさらなる開発を進めています。」
そして首相メテ・フレデリクセン(42歳、女性)は、こう語っています。「デンマークには、『人びとに共通する問題は、人びとが協力して解決する』という伝統があります。そしてデンマークは、これまでに協同組合運動、労働組合運動、女性運動といったような大きな運動を起こし、これらの運動を通じて築かれてきた社会です。今私たちは、世代や分野を超えて、新たに「グリーン運動」という大きな『うねり』を作ろうとしています。すでにグリーン・エネルギーやグリーン・テクノロジーは、この国の主要産業にまで発展し、収益を上げ、雇用拡大にも貢献しています。エネルギー分野での成果とユニークなデンマークの社会モデルを活かして、さらにこれからも環境問題解決に取り組んでいきましょう。」
民間企業を動かすためには、当然その活動が将来の企業収益につながる見込みがなくてはいけません。30年以上前には原子力発電の導入を止めて、代替エネルギーを重視する政策に大きく方向転換したデンマーク。当時デンマークの多くの企業は、「これでは国際競争に敗けてしまう!」と強く反論したものですが、結局この結果、デンマークは世界に先駆けて、風力発電などの代替エネルギーに着手し、今ではデンマークにおける電気消費量の約43%が風力発電でまかなわれるまでになって、デンマーク経済を底支えしています。この経験があるので、今新政府がめざしている「グリーン運動」も、(目標数値は少々高すぎるような気もしますが)言葉だけに終わらず、何らかの具体的な成果をもたらすだろうと期待しています。
日本でもプラスチックごみ削減をはじめとする環境問題への取り組みが始まり、国民の関心も高まってきているようですが、勉強不足の私には、国全体としての具体的な戦略や取り組みが、まだはっきり見えません。「買い物をした途端に捨てるゴミがすぐ発生。どうしてこんなに沢山出るのだろう。ごみ削減運動は、どうなっているのかな?」来日するたびに、首をかしげてしまいます。