8月上旬、デンマークの新聞に、「もしかするとトランプ大統領がデンマークにやって来るかもしれない!?」という記事が掲載されました。そして数日後のテレビニュースでは、彼自身が、「9月訪欧の折に、NATOメンバーであるデンマークにも立ち寄ってみたい。」と発言。この突発的かつ一方的な彼の発言に、デンマーク政府も国民もビックリしたことは、想像していただけると思います。
こうなった以上、デンマークとしては、相手がアメリカ大統領なので、彼を国賓として招待する形を取らないわけにはいきません。6月総選挙で新たに首相に就任したメテ・フレデリクセン首相(42歳、女性)は、「トランプ大統領ご夫妻の来訪を心から歓迎し、大統領とさまざまな事柄を直接話し合えることを楽しみにしています。」というメッセージを出しました。そしてマルガレーテ女王自らが大統領夫妻を招待するというプロトコールが決まりました。
来訪まで1カ月しかありません。デンマーク王室、政府、外務省、経済界、警察などなど、2日間の滞在中の日程と手配が猛スピードで始まりました。当然のことながら、彼の言動に反対する人たちもヨーロッパには大勢いるので、反対の意を表明する良い機会到来ととらえて、デモの準備も始まっていたようです。
そうこうするうち、メディアからは、「どうもトランプ大統領は、デンマーク自治圏のグリーンランドを購入したくて、その交渉をしに来るのが来訪目的のようだ。」という噂というか情報が流れました。「まさか、それ冗談でしょ?」と誰もが耳を疑いましたし、多くの政治家も、「国や国民は売り物ではありませんよ。悪いジョークとしか言いようがないですね!」といった発言をこぞってしていました。初めは噂が流れたような雰囲気でしたが、しばらくして、大統領自身が、「デンマークにとっても、グリーンランドにとっても、こんな良い話はないでしょう。もしこれが実現すれば、デンマークの安全は十分保障されることになりますから・・・。」と発言。冗談がとうとう冗談ではなくなったのです。
「デンマーク、売買交渉に乗ってくれるかな?!」
日刊新聞Berlingskeに掲載された風刺画 作者:Jens Hage www.hage.dk
フレデリクセン首相は、グリーンランドのキム・キールセン自治政府首相と密に連絡を取り、二人は共に「グリーンランドは売りに出してはいません。」とトランプ大統領の提案をやんわり却下。それを不服に思った大統領は、訪問を2週間後に控えた8月20日、ツイッターを通じて、「デンマークは素晴らしい国民がいる特別な国ですが、メテ・フレデリクセン首相はグリーンランド購入に関して話し合う気がないようなので、2週間後のミーティングは別の機会に延期することにします。」と発言。またもやデンマーク国民は、「え〜、嘘でしょ。女王様が国賓として正式に招待するというのに、個人の気分で勝手にキャンセルすることなど出来るわけないでしょう。外交無視もいい加減にして!」と激しく反応。「開いた口が塞がらない」とはまさにこのことでしょうか。
この報道の直前、フレデリクセン首相は急遽グリーンランドに飛び、自治政府首相と今後の対応を協議しましたが、会合が無期限に延期されたことで、これからどのような展開となるか、うやむやになってしまいました。「これまでの経緯がどうであろうと、そしてグリーンランドを購入する夢が消えても、アメリカとしては、この機会にちゃんとデンマークおよびグリーンランド政府と今後の北極圏をめぐる話し合いをすべきだった。そしてデンマークとグリーンランドも、必ずしも政策面で一致しているとは言えない現状を鑑みると、今後より緊密に話し合って統一政策を打ち出すべきだ。」というのが、デンマークの大半メディアの論評です。
「さあさあ小さなドナルドちゃん、落ち着いて。また仲良しのお友達になりましょうね。」
「君はひどい、ひどい、ひどい女だ!」
日刊新聞Berlingskeに掲載された風刺画 作者:Jens Hage www.hage.dk
今回の騒ぎで、突如デンマークとグリーンランドが世界のホットニュースに登場することになったわけですが、注目されるのには、当然それなりの理由があります。ご存知のように、グリーンランドは北極圏に位置する世界最大の島(人口約56,000人)。この島は以前デンマークの植民地でしたが、現在はデンマーク本土やフェロー諸島と対等の立場でデンマーク王国を構成し、独自の自治政府が置かれています(それとは別にデンマーク国会に2名の議員が参加)。これまでは、デンマーク政府が多大な資金援助をしてグリーンランド社会・経済を支えて来ましたが、近年の地球温暖化→解氷→豊富な地下資源への期待(中国からの多額資金援助による開発)+北極圏航路の可能性+米ソの軍事戦略的な重要性という多面的な視野から、グリーンランドは大きな可能性を秘めた島として新たに注目されるようになってきたわけです。
アメリカは、これまでに2回(1940年代+1970年代)グリーンランド購入を試みています。これは主に軍事戦略的に重要な場所であるためで、購入こそ実現しなかったものの、第二次世界大戦中から今日までツール(Thule)に米軍基地が置かれています。現在は、アメリカにとり、ソビエトに加えて中国の進出も脅威となっていることは間違いありません。このような状況なのですから、アメリカがもう少し真面にこれらの課題をデンマークやグリーンランドと語り合う場を設けるアプローチがあれば良かったのに・・・と悔やまれます。トランプ大統領は会合を延期すると言っているので、今後も再開する可能性はあるわけですが、今回の騒動で受けたデンマーク国民のショックとトランプ大統領に対する印象は、そう簡単に静まるとは思えません。今後の成り行きが大いに気になるところです。
新聞記事:トランプ氏訪問キャンセル。スキャンダル!外交危機!別の宇宙の話か!大きなベイビー!等さまざまな反応
女王陛下「やれやれ」
日刊新聞Berlingskeに掲載された風刺画 作者:Jens Hage www.hage.dk