デンマーク・日本いろいろ 第13号
「年金制度と退職後の生活」A
 <デンマークの年金制度のしくみと実情>
2018年2月
前号でお知らせしたように、アーサー・メルボルン・グローバル年金指数ランキングの国際比較によると、デンマークの年金制度は世界一ということになりますが、大半のデンマーク人は、自分たちの年金制度は悪くないと受け止めていても、それが世界一だと認識している人は意外に少ないのではないでしょうか。これは、デンマークが世界一幸福度の高い国(現在はノルウェーに次ぎ第2位)と言われて久しいのに、国民にはその実感があまりないのと同じようなものかもしれません。
私も、デンマークの年金制度がいかにすぐれているかは、自分自身がそれを受け取る立場になるまでは、正直なところ、実感出来ませんでした。今はそれを実感するとともに、すぐれた年金制度と幸福度の高さは表裏一体だと感じています。
今回は、まずデンマークの年金制度を皆さんにご紹介したいと思います。

国民一人一人に対するデンマークの年金制度の目的は、大きく以下の3つに集約されます。

@
貧困の防止(全国民の退職後の生活に必要な経済基盤を保障する)
A
生涯の所得平均化(個人の所得を生涯通して平均化することで、退職後も退職前とほぼ同等レベルの生活を保障する
B
国民間のリスク分散(この制度は、ある一定範囲内で連帯保険の機能を呈し、失業・伴侶の死去等によって年金積み立てが十分でない状況に直面した人たちのリスクを分散する)
また社会的視野からすると、年金制度は、国民が常に可能な限り、自活努力を怠らないことを保障するものでなければなりません。

C
働くことへの明確なインセンティブ(年金制度は、労働市場で人々がどれだけ働き、どれだけ長い期間働くかを大きく左右します。そのため制度は、働くことへのインセンティブを支援するものでなければなりません。)
D
貯蓄へのインセンティブ(国民が出来る限り自力で年金を蓄える意欲を持つことが重要です。そのため制度は、自ら年金を掛けて退職後に備える個人の努力が報われるものでなければなりません。)
個人の働く意欲、自活意欲を促しつつも連帯社会保障(困ったときには皆で助け合う)の要素も組み入れて、このバランスを図る、これがデンマーク年金制度の特徴だと言えるでしょう。
具体的には、デンマークの年金制度は下のような3層ピラミッド型構造になっています。
基礎年金は、税金で賄われている国民年金と就労者が掛ける義務を持つ労働市場付加年金(通称ATP)で構成され、どちらも国の法律で定められており、主に@貧困防止とB国民間のリスク分散を目的としています。現在の年金受給者の収入基盤の約2/3を占めており、大半の年金受給者にとって重要な収入ですが、特に低所得者層の退職後の経済は、この基礎年金で支えられていると言えます。
国民年金:受給率は退職者の99%で、主な受給条件は、@デンマーク国籍保持者またはAデンマーク定住者で、B15歳から退職年齢に達するまでに最低3年間デンマークに居住していることです。 受給開始可能年齢は、現在65歳ですが、2019年から2022年までに段階的に67歳まで引き上げられることが決まっています。多分その後も平均寿命の伸びとともに引き上げられると考えられており、2050年には70−71歳ぐらいになるだろうと予測されています。では、2018年の国民年金支給額はどのぐらいなのでしょうか。 為替レート変動を考慮して、デンマーククローネと現在の円相場の両方で表記します。数字は、一人当たりの税込み月受給額です。
独居の場合伴侶と同居の場合
基準額6,237kr.(約112,000円)6.237kr.(約112,000円)
追加年金額6,728kr.(約121,000円)3.333kr.(約*60,000円)
国民年金合計12,965kr.(約233,000円)9,570kr.(約172,000円)
基準額は、上に挙げた条件を備えている人全員に支給されますが、追加年金額は独居者と同居者がいる場合で異なりますし、個人の所得額により受給の可否が決まります。さらに低所得者には、個々の状況により、住宅手当、暖房手当、高齢者小切手などが支給されるので、デンマークでは、たとえ身寄りがなく、蓄えがない高齢者でも、まず生活には窮しないわけです。ただこれは、国民が皆で皆を助け合う連帯精神(solidarity)がデンマークの社会基盤にあり、働ける者皆が国に高税を納めているから可能なのだと言えるでしょう。これがまさに、「高福祉・高負担」なのです。
労働市場付加年金(ATP):週9時間以上働いている人が強制的に掛ける年金で、フルタイム勤務の場合の掛金は、個人(1/3負担)と雇用者(2/3負担)で合計月284kr.(約5,000円)です。そしてこの年金は、国民年金と同時に死ぬまで支給されますが、就労時間数や掛けた年数により支給額が異なります。フルタイムで長年働いて来た夫の場合でも税(40%)を引いた受け取り額は月950kr.(約17,000円)、私はその約1/3程度で、多くの退職者にとってはおこずかいのような額で、さほど重要性はありませんが、ほぼすべての就労者が掛けているこの年金のタンクには相当額がプールされており、これを一括管理/投資運用している組織があるので、社会全体としては大きな意味を持っています。現在の加入率は就労者の約88%、受給率は退職者の約86%と言われています。
次に私的年金ですが、これは労働市場年金と個人年金に分けられます。
労働市場年金:ホワイトカラーのサラリーマンには30年以上前からこの制度が導入されていましたが、1990年代からはブルーカラーのサラリーマンにも適用されるようになり、加入者が一気に増加しました。多くの場合は、労使協定(職業別)により基準掛率が決められ、個人が1/3、雇用者が2/3を負担します(例えば掛率が15% であれば、個人負担は給与の5%で、企業負担が10%)。日本のように個人と企業の折半ではないので、掛率が高ければ高いほど、月々の給与から差し引かれる額は増えても、退職後に受け取る年金が多くなるので、長い人生における経済をトータルに考えれば、有利であるわけです。そして掛金は、各雇用者(企業/組織)を通じて年金運用会社に預けられて運用されます。年金受給開始可能年齢は、通常60歳以降です。現在の加入率は、全就労者の68%と言われています。
個人年金:この年金は、他の年金を補填するために、個人が自主的に年金運用会社や金融機関を通して所得の一部を掛けるタイプで、現在は就労者の約14%がこれを利用しており、特に自営業の人たちが多いようです。私も自営業ですので、この個人年金を月々の収入を削って30年以上掛けて来ましたが、今受け取る立場になると、この年金と基礎年金収入がこれからの人生の経済基盤にあるので、仕事からの収入いかんにかかわらず、これまでの生活水準をまず保持できると考えられ、長年の苦労が報われていると感じられるのです。多分長年働いて退職した多くのシニアたちも、同じように感じていることでしょう。
さらに私がすごいと思うのは、これらの私的年金制度においては、就労期に何らかの支障が生じて働けなくなった場合には、それまでの掛金総額にかかわらず、一定の障害年金が支給され、また万一死亡した際には、その家族に遺族年金が支給され、障害もなく死亡もせず退職年齢を迎えた人には、これまで掛けて来た分すべてが退職後の老齢年金に回わるので、掛け捨てゼロ、つまり絶対損はしないことです。要するにこれは年金保険であり、デンマークでは、生命保険などを単品で購入する必要性はないと言えるでしょう。これを聞いた日本のある生命保険会社の方いわく、「これでは私達のような生命保険会社は、デンマークでビジネス出来ませんね。」確かに、おっしゃる通りです。