デンマーク・日本いろいろ 第7号
「高齢者介護の需要と供給バランス」
2017年3月
数日前のNHKニュース9で、民間シンクタンクが初めておこなった全国の特別養護老人ホームの空きベッド調査結果が取り上げられました。それによると、現在52万人あまりの人が介護施設入居待ちの状態であるにもかかわらず、全国の4分の1の施設で、ベッドに空きがあるという結果が出たそうです。この調査は、10年以内の新設施設を対象におこなわれ、550施設から回答を得たとのこと。空きのある施設はそのうちの26%(143施設)で、政令市や特別区においては、この率が31%にも上り、都市部ほど空きが多いことが明らかになりました。
さらにニュースでは、東京都葛飾区のケースを取り上げ、開設2年目のある施設では、現在120床のうち10床空いている状態で、その原因は、介護職員不足とのこと。施設責任者は、施設間で職員の取り合いも起きていると訴えていました。また葛飾区の行政担当者は、昨年12月時点で同区内施設の空きベッドは50床でしたが、区民や区議会の要請により、今年は既存施設に20床増加、さらに6月までには144人が入居できる施設を開設する予定と説明し、人材確保が難しいことは理解しているが、施設として万全の体制を取ってほしいと話していました。
今回の調査を実施した教授は、ムダな介護資源が使われ、また作られていくことになるので、今後も需給関係を分析する必要があると述べ、ニュースキャスターは、まずは利用者のニーズを把握し、実態に見合った対策を取るべきだ。そして介護の人材が不足している地域へ何らかの支援が必要だと括っていました。
私はこのニュースを聞いて、やはりそうか・・・と思うと同時に、日本の介護需給バランスが崩れ、いまや待ったなしのところまで来ていると思われるのに、国も、行政も、そしてメディアも、この危機的状況に対する認識がかなり甘いことに、怒りにも近い歯がゆさを覚えました。
世界に類を見ない高い平均寿命、高齢化率のさらなる上昇、少子高齢社会、人口/生産年齢人口の減少、2025年問題、どれもが現代日本社会が抱えている深刻な課題ですが、ここから単純に見えてくることは、介護の需要と供給のアンバランスです。2000年に介護保険制度を導入したものの、いまだに家族による介護が基本であることに変わりはなく、それを補填するのが、介護施設なり在宅介護サービスという考え方が一般的です。しかしその家族による介護そのものが、すでに老老介護・認認介護・家族の介護離職などと言われるように、かなり限界近くまで来ています。だからこそ、介護専門職員による施設介護や在宅介護のニーズが急速に高まっているわけですが、人材は絶対数不足しているのです。

高齢化推移と将来設計 出所:内務省高齢社会白書2015年版

介護保険制度がスタートする以前から、専門学校や短大などで介護専門職養成教育がおこなわれてきましたが、それらの多くの教育機関では、今大幅な定員割れという深刻な問題が発生しています。つまり介護の仕事に魅力を感じ、介護専門職の資格を取りたいと思う若者が少ないのです。それは、介護は人の命を預かる重要な仕事のわりには給与レベルなど労働条件があまり良くなく、介護はつらい仕事だというイメージがいまだに強く、この問題がこれまであまり重視されず、大幅な改善策が取られて来なかったためです。
さらに、日本の介護現場では、つらい介護ゆえに就職後5年以内の離職率がいまだに高く、これが人材不足問題をさらに深刻化させており、まさに悪循環の状態に陥っていると言えるでしょう。介護の人材不足は、都市部だけに見られる傾向ではなく、地方でも、どこにでも存在している問題なのです。
デンマークでは、今から30年以上前に、医療費削減策の一環として、病院の在院日数短縮が図られました。その結果、退院患者(特に高齢者)の中には、要介護度の高い人が増え、受け皿となっている市の高齢者福祉は、多数の要介護高齢者受け入れ、介護職員の負担増大という大きな課題を抱えました。そこで、これを解決するために多くの対策が取られましたが、そのいくつかをここにご紹介します。
  • 介護職員のレベルアップ
    1991年に介護専門職の教育制度を改正し、これまでのホームヘルパー資格を廃止して、社会保健ヘルパー(1年2ヶ月の教育、内2/3は現場での実習教育)と社会保健アシスタント(1年8ヶ月の教育、入学資格は社会保健ヘルパー有資格者、2/3が現場での実習教育、かなりの医療行為が可能、医療・福祉両分野で勤務可能)の資格教育を導入した。現在では、施設・在宅介護どちらの職場でも、上記2つのいずれかの有資格者が介護にあたっている。
  • 介護現場の労働環境改善
    デンマークの労働環境法に基づく職場判定を徹底させ、在宅介護も含む介護現場が、職員にとり安全な場所であるかを調査し、利用者の理解を得ながら改善してきた。
  • 介護する人・される人どちらにもやさしい介護を導入
    理学療法士、作業療法士がイニシアティブを取り、介護者の身体に掛かる負担を極力減らし、かつ被介護者にも安全・安心な介助法を、介護・看護従事者全員が習得し実践している。これを推進するため、介護者の身を守るための福祉用具が多数開発され、それをフルに活用している。
これらの取り組みの結果、介護従事者の健康障害は大幅に改善され、デンマークには「つらい介護」のイメージはなく、人材不足問題も発生していません。
2004年からこれまで、特に3の介護する人・される人どちらにもやさしい介護を日本に紹介し、普及させたいと思い、全国各地で数多くのセミナーを実施してきました。受講された多くの介護関係者からは、「目から鱗の体験でした。是非職場で実践したい。」とポジティブな反応をいただきましたが、職場の現実に戻ると、<従来のやり方ありき>が根強く、介護職員の負担軽減を重要課題として取り上げ、やさしい介護を実践・継続して労働環境改善を実現した施設は、残念ながら、まだまだ少数派に過ぎないようです。
介護の人材不足問題は、単にあたま数を増やすとか、足りない分はロボットで補うといった安易な考え方では解決できないと思います。利用者は、一人一人その背景も介護ニーズも異なります。それを十分把握して、各利用者に必要な介護サービスを提供するためには、介護の質、介護職員の資質が問われます。そのために専門教育があるのだと思いますが、どうしたら若者に介護の仕事に関心を持ってもらえるか、やりがいのある魅力的な仕事だと思ってもらえるか、日々模索が続いています。同じとまでは申しませんが、デンマークをはじめとする北欧諸国が実践して来たような多面的な介護改革と介護に対する意識改革が、日本でも必要だと痛感しています。そして、今日本が、待ったなしの状況にあることを、多くの方々に理解していただきたいと思っています。