つらい介護からやさしい介護へ
4.だれでも出来るやさしい介護T:<立つ、すわる動作の介助法>

日常私たちは、無意識に、椅子から立ったり、椅子にすわったりしていますが、加齢などで足腰が弱くなったりすると、今まですんなり出来ていたこのような動作が、徐々に鈍くなったり、負担を感じたりするようになります。そしてそれがさらに進むと、自力で立つ・すわる動作が困難になってしまいます。 そのような方が身近にいる場合は、ここにご紹介するような介助法を是非活用して、支援してください。
1.椅子からの立ち上がり介助
1)立つときの自然な動き
介助が必要になった人にも、出来るだけ自然な動き(ラクな動き)をしてもらうことが、やさしい介護につながります。それを実現するためには、介助する人が「自然な動き」とはどんな動きかを理解しておく必要があります。どのように身体を動かせば、ラクに立ち上がれるかを、あなたは言葉で説明できますか?
  • 元気な人が急いで立つとき:
    上半身をほぼ垂直に動かして立ち上がりますね。でもこの動きは、かなり筋力を使うので、だれでも出来るわけではありません。
  • 一般的な立ち上がり方:
    多くの人は、上半身を少し前傾にして、身体の重心を前に移動させて腰を浮かせ、ひざを伸ばし、頭を上げて立ち上がります。
  • 足腰の弱い高齢者や疲れている人の場合:
    一つ一つの動作が遅くなり、上半身をかなり前へ倒して腰を浮かせ、両手で椅子のアームを握るとか、手を膝の上に置いて、手をふんばって「よいしょ」と立ち上がるでしょう。背の低い椅子や深いソファーなどから立ち上がるときも、似たような動作になりますね。高齢者が立ち上がるとき、上半身をかなり前に倒すのは、こうすることで、手足の筋力をあまり使わずに、重たい臀部を浮かすことができるからです。
おぼえておこう

  • 腰を自然に浮かせるには、鼻先が膝より20cmほど先に出るぐらい前傾になる必要があります。
    椅子からの立ち上がりを前方から介助するときに、被介助者に密着してしまうと、この自然な動きが取れなくなります。介助する人は、被介助者が自然な動きを取れるだけの十分なスペースを空けるように心がけてください。
  • 頭の動きもたいせつ
    前傾になり腰を浮かせただけでは立ち上がれません。頭部も前から上へと移動してはじめて立ち上がれます。被介助者の頭が下を向いたままでは立ち上がりにくいので、介助するときは、被介助者の頭部が前から上へと移動するように誘導してあげることもたいせつです。

2)安定した立位 足の位置
ラクに立ち上がり、また立ってからも安定した姿勢を保つためには、どんな足位置が良いか考えてみましょう。
  • 両足が前に伸びていると
    このままの状態では、たとえ上半身を前傾にしても、よほど腹筋や足の筋力が強くなければ、立ち上がれません。
  • 両足を引いてみると
    前に伸びた足をひざの角度が直角になるぐらい引くか、それよりさらに少し引いた位置に移動させると、立ち上がりやすくなります。
  • 両足をそろえた状態(両ひざがついた状態)で立つと
    立ってからのバランスが保ちにくく、不安定な立位になり、転倒の危険が増します。
  • 足を肩幅ぐらい広げて立つと
    より安定した立位になりますが、前後から力が加わるとぐらつくので、十分安定した立位とはいえません。
  • 開いた足を前後にずらすと
    肩幅ぐらい広げた足をさらに前後にずらすと、立ち上がりもラクになり、また立ち上がってからの立位もより安定します。
    (専門的には、こうすると支持基底面が広がるので、立位が安定すると表現します。)
おぼえておこう
  • 立ち上がり介助をするときは、まず、被介助者の足の位置に注目してください。立ち上がってから安定した立位が保てるように、足を肩幅ぐらい広げ、どちらかの足を少し前に、もう一方の足を少し引いた状態に直します。利き足を前に出す方が立ち上がりやすいでしょう。
  • また介助者も、常に安定した姿勢で介助することがたいせつです。つまり自分も、足を揃えた立位姿勢で介助せず、両足を前後に広げ、膝を軽く曲げて重心を下げた姿勢を取って介助するように心がけてください。
3)いくつかの介助法
それでは、ここで、自然な動きで立ち上がる動作を自力で取りにくくなった人の介助法を考えましょう。自然な動きが何通りもあるように、立ち上がりの介助法も、いくつもバージョンが考えられます。ここでは、その中で最も一般的な介助法をご紹介しますので、まずこれらの介助法を試してみてください。 その上で、皆さんが日々介護されている人と自分にとって一番良い介助法を見つけ出してください。
(1)前方からの介助例
@ 腕相撲の握り方で:
  • まず、すわっている被介助者の足の位置を、安定した立位が取れるように整えます。
  • そして自分も足を前後にずらして、ある程度距離を取って、被介助者の前に立ちます。(利用者の右足が前であれば、自分も右足を出すと互いの膝がぶつからない。)
  • 被介助者の手と自分の手を、普通に握らずに、腕相撲式に組んで握ってみましょう。この握り方をすると、自然と相手の筋肉も引き締まり、「はたらこう!」という気になります。(右足が前に出ている場合、互いに左手で握りあうと、身体をひねらずにラクな姿勢を保つことができます。)
  • 相手が「はたらこう!」という気になるので、その力を利用して、介助者は握った手を手前→上方へとゆっくり引いて、身体を起こす動作を促します。
A 両手で:
  • 立位が不安定な人の場合は、片手ではなく、両手をしっかり握って介助することをおすすめします。
  • この場合も、介助者は、バランスを崩さないように、しっかり足を前後に開き、膝を軽く曲げて立ちましょう。そして握った両手を手前→上方へとゆっくり引きます。
  • このとき、自分の腕力で引くのではなく、体重を前足から後ろ足へと移動させて引くと相手にも自分にもやさしい介助になります。(体重移動)
おぼえておこう

  • 「やさしい介護」では、身体の一部に大きな負担がかからないように、身体全体で移動介助することを考えます。「引く」「押す」という水平方向の動きは、介助者の体重移動から生まれます。
  • 立ち上がり介助を必要としている人は、動きが遅いですね。その人をササッと手早く介助すると、相手は恐怖感を抱いたり、自分に残っている機能を使って協力しようという気にはなりません。被介助者のテンポに介助者ができるだけ合わせることが、本当の「やさしい介護」です。

B 歩行器やいすを利用して:
  • 日常の移動に歩行器を利用されている人の立ち上がり介助には、その人の歩行器を立ち上がり移動に利用することも良いでしょう。すわっている被介助者の前方、前傾姿勢が取れるだけの適度な距離に、歩行器をロックした状態で置き、これに手を添えて立ち上がってもらいます。介助者は、横から上半身と頭部の動きをサポートしてください。また歩行器が動き出さないように注意しましょう。
  • いすを使う場合は、写真のようにいすを配置し、背と座に手を添えて立ち上がってもらうと良いでしょう。こうすると、いすが傾かず安定します。
(2)横からの介助
@ 被介助者の横に立って:
  • 前方からの介助では立位が安定しない場合は、脇から介助することをおすすめします。
  • たとえば介助者が右横から介助するときは、相手の右手に右手を添え、相手の左腰または左肩に左手を添えます。左右どちら側から介助するのがベストかは、その場の状況ややり易さで、臨機応変に対応してください。
  • 介助者は、自分も前傾姿勢と上体を起こす動きをゆっくり取りながら、相手の立ち上がりを促します。
  • 被介助者が前傾姿勢を取りにくい場合は、相手に近い方の肩で相手の背中を軽く押してください。(言葉を使わずに身体で相手にしてもらいたいことを伝える方法)
  • このように、被介助者の身体をやさしく包み込むようにして介助すると、安心感が生まれます。
A 被介助者の横にすわって:
  • 背の低いソファーやベッドにすわっている人を側面から立ち上がり介助をするときは、被介助者の横に密着してすわると、安定したやさしい介助ができます。
  • @と同じ要領で、相手の手と腰または肩に手を添えます。
  • 相手と自分の足の位置を整え、しっかり構えて上半身を一緒に前傾させ、二人でダンスをするような感じで手を前方→上方へと動かしながら、一緒に立ち上がります。
  • このとき、すぐに立ち上がらず、被介助者の上半身を何度かやさしく揺すってリズムをつけてから誘導してあげると、立ち上がりやすくなります。立ち上がり動作に不安を抱いている認知症の方などには、とても効果的です。
  • 立位になったらば、このままの姿勢で歩行介助すると良いでしょう。
    (歩行介助の具体例は、別途ご紹介します。)
B 二人介助の場合:
  • 立ち上がり動作が不安定な人や肥満体で立ち上がりが困難な人など、一人で介助しづらい場合は、両脇から二人で@またはAの要領で誘導してください。
  • 二人介助のときは、二人でタイミングを合わせることがポイントです。介助者の一人がリーダーシップを取り、相手に目で合図するとか、相手がその人の動きを見ながらそれに従うなど工夫してください。このときも、テンポはゆるやかに。
2.椅子へすわるときの介助
1)自然な動き
  • 椅子にすわる動作は、立ち上がり動作の逆の動きですが、自然な動きですわる方法は、いく通りもあります。そのすべてに共通しているのは、
    −上半身を前傾にし
    −腰を後方へ引き
    −ひざを曲げる ことです。
    ひざを曲げるだけでは、うまくすわれません。
2)いくつかの介助法
(1)前方からの介助法
@ 手の甲で股関節あたりを押して
  • 高齢者の中には、ひざは曲がるけれど、前傾姿勢や腰を引く動作が取りにくい人がいます。
  • そのようなときは、介助者が片手を相手の肩に添えて前傾姿勢を促しながら、もう一方の手の甲で、相手の股関節(前傾になったとき上半身と足が折れる部分)あたりを軽く押してください(言葉を使わずに相手に腰を曲げてというメッセージを伝える方法)。股関節をやさしく刺激すると、腰が曲がりやすくなり、自然に腰が引けます。
  • 介護者は、両手で相手の身体のバランスを保ちながら、体重移動でゆっくり相手を椅子に深く着座させます。
  • この介助法を取ると、介助者が完全に移動テンポをコントロールできるため、相手をストンと椅子に落とさずに、やさしく介助できます。
  • 介助者は、足を前後に広げ、膝を曲げて安定した姿勢で介助しましょう。
A 親指で股関節あたりを押して
  • 手の甲で軽く押すだけでは、相手に「腰を曲げてください」というメッセージが伝わりにくい場合は、手の甲の代わりに親指で軽く股関節を押してあげると、よりはっきり伝わり、股関節が曲がりやすくなります。
  • 股関節の位置は、人によりかなり違うので、その位置を事前に確認して介助しましょう。押す場所が外れると腰は曲がりません
(2)横からの介助例
@ ダンスと腰の回転で
腰かける動作に不安感を抱いている人や動作が不安定な人を介助する場合は、介助者の身体で積極的に相手にメッセージを伝えながら、以下のような要領で介助してみてください。
  • 被介助者の横に密着して立ちます。そして手を相手の腰にまわし、もう一方の手で相手の手を握ります。
  • 次に、握っている手を前方に出し、それと同時に、相手と接している側の腰を、相手の腰より多少前に出してから、後方へと半回転させて、相手の股関節あたりを軽く押します。こうすると、手の甲や親指で押したときと同じように、腰が自然に曲がります。
  • さらに介助者が肩で前傾姿勢を取るように促し、自分も腰を引きながら、体重をゆっくり引き足へと移動させると、相手をソフトに着座させることができます。
  • 介助する人とされる人の背丈や腰の位置が違うと、この介助法は取りにくいかもしれませんが、ある程度の差であれば、練習で十分クリアできます。
A 手で股関節あたりを押して
  • 相手の腰に添えた手が前方まで回る場合は、後ろから股関節あたりを軽く押し、自分の肩で前傾姿勢を促しながら介助しましょう。
  • もし腰に添えた手が十分に回らない場合は、身体が接している近い方の股関節を、もう一方の手で軽く押してあげても良いでしょう。
  • 横から介助するときは、相手の脇に自分の脇を密着させ、自分も同じ動作をすることで、相手にしてもらいたい動作のメッセージを身体で伝えることがポイントです。
3.座位の姿勢をなおす介助
1)車いす利用者によくみられる座位の姿勢
 車いす利用者の中には、両足を前にだらんと出してすわっている人を見かけます。このまま放置すれば、ずり落ちて転倒する危険があります。そのような利用者の座位をなおす方法として、日本では、後方から介助者がその人のズボンやベルトを掴むとか、後方から両腕を車いす利用者の脇下に入れ、「よいしょ」と力をいれて座りなおしている光景を見かけることがあります。このような介助法は、被介助者にとり痛いし不快であるとともに、介助者の腰に大きな負担をかけ、腰痛の原因になることは、すでに「やさしい介護の基本的な考え方、てこの原理」で説明した通りです。
ではなぜ車いす利用者は、時間が経つにつれ腰がズルズルと前へ移動し、ずり落ちそうな姿勢になるのでしょう。
  −それは、同じ姿勢を長時間保つことが苦痛だからです。
健常者でも、同じ姿勢ですわっていられるのは、7秒程度だと言われています。私たちは、長時間すわっているときは、足を組み直すなど少しずつ姿勢を変えて苦痛を回避しています。 でも、車いす利用者は、健常者のように座位姿勢を自由に変えることができず、できることは、腰を前へとずらしていくことぐらいです。これを滑り止めシートなどで抑えると、苦痛が増すばかりか、褥瘡(床ずれ)の原因にもなります。

では、どうやって車いす利用者の座位の姿勢を、本人にもつらくなく、介助者にもつらくない方法でなおすことができるでしょうか。
2)自然な動き
  • いすに腰かけなおす自然な(ラクな)動きを考えてみましょう。やり方は人さまざまですが、足を引いて、上半身を前傾させ、腰を浮かして中腰になってから腰を後ろに移動させてすわる人が多いかもしれませんね。
  • 中腰になってから、椅子を手前に引き寄せてすわる人もいるでしょう。
  • また腰と腿を左右交互に浮かして、後方へ何回かずらしながら深く腰かけなおす動作は、女性がよく取るようです。これは、摩擦の原理を使った方法です。例えば、右へ上半身を傾けると、右側にしっかり身体をささえるための摩擦が生じ、逆に左側の腰と腿が浮いて邪魔な摩擦が消えるため、その部分を動かすことができます。これを交互に繰り返して少しずつ移動していくことになります。
3)いろいろな介助法
  • 自然な動きがたくさん考えられるように、座位の姿勢をなおす介助法もたくさん考えらますが、ここでは、ひざが弱く、中腰の姿勢が取りにくくなった人や車いす利用者でもラクにできる介助法をご紹介します。
(1)後方からの介助
  • まず被介助者の足の位置を引いて、上半身を背もたれから離します。
  • 介助者は、相手の後方に立ち、両手で両肩を包んで、上半身を右前、左前と交互に傾けながら、肩を左右交互に車輪を回すような感じで動かし、それを数回繰り返します。
  • 肝心なことは、相手の腰と腿を左右交互に浮かせ、後ろへ移動させることです。肩をぐるぐる回すのではなく、自分もタイミングを合わせ、ダンスをするように全身を動かしてください。多少こつがいりますが、練習すればラクに介助できるようになります。
  • また肩を回わすだけでは腿が動きにくい場合は、浮いた腿に手を添えて引くと良いでしょう。

(2)前方からの介助
  • 被介助者の前に立ち、まず足の位置を補正し、上半身を背もたれから離します。
  • 次に、相手の一方の肩に自分の手をしっかり添えて、相手の上半身を右手前、左手前方向に交互に傾けて、腿を少し浮かせます。
  • 腿が浮いた側のひざに自分の片手を添え、自分の手とひざで相手のひざを押します。これを左右交互に2〜3回くり返します。
  • 介助者は、足を広げ、膝を曲げ重心を下げて、十分安定した立位でこの介助に臨んで下さい。このときとかく上半身が前かがみになりがちですが、背筋をのばして介助することを心がけてください。この介助法も、多少こつがいるかもしれませんが、練習すればラクに介助できるようになります。
(3)二人介助
  • 一人介助がむずかしい場合は、一人が被介助者の後方から上半身を交互に傾け、もう一人は前方から浮いた側の膝をやさしく押します。これを数回くり返せば、だれにも負担なく、すわりなおし介助ができます。
  • もう一つの方法は、介助者二人が被介助者の両脇に立ち、上半身を傾ける、膝を押す介助を左右分担して交互におこなうこともできます。
  • 別の方法としては、介助者二人が両脇に立ち、被介助者をまず立ち上がらせ、それから1〜2歩後ろに下がってすわりなおす、または車いすを少し前に寄せてすわりなおす方法も取れるでしょう。