メタボリックシンドローム(代謝症候群)は通称「メタボ」と呼ばれていますが、この言葉を知らない日本人はまずいないでしょう。これが進めば循環器系の病気や糖尿病などにかかるリスクが高まると言われており、日本ではかなり以前から、成人の健康診断で必ず腹囲を測っていますし、テレビ番組などでも頻繁に取り上げているので、肥満予防に対する意識はかなり浸透しているように感じます。
一方デンマークはどうかと言いますと、「肥満体質は良くない」と思っている人や、それを改善しようと努力している人も結構いるものの、周囲を見渡すと、男女を問わず、お腹が出ている人がなんと多いことか!特に夏は、Tシャツに半ズボン姿の男性や体形が丸見えの軽装姿の女性が増えるので、お腹の出っ張りが余計目立ちます。でも、「他人がどう思おうと、自分は自分」と考えている人が多いこの国では、多少お腹が出ていても、あまり気にならないようです。またデンマークには40歳以上の人の職場定期健康診断システムがないため、ドクターに注意される機会もほとんどなく、肥満予防の意識は日本ほど浸透しているとは言えません。
さて「メタボ」に続いて近年「ロコモ」という言葉が日本で使われるようになってきました。「ロコモ」とは、ロコモティブシンドローム(運動器症候群)の略で、私たちの身体を動かすために必要な骨・筋肉・関節・神経などの運動器が障害を起こすために移動機能が低下した状態を言い、2007年に日本整形外科学会によって新しく提唱された概念だそうです。
だからでしょうか、「メタボリックシンドローム」はデンマークでも知られていますが、「ロコモティブシンドローム」という言葉は、こちらで聞いたことがありません。なぜ日本で「ロコモ」が注目されるようになったかと言えば、当然現在日本が抱えている「高齢者の介護問題」の深刻化があります。「加齢による衰弱」「骨折・転倒」「関節疾患」といった運動器の障害がきっかけになって、日常生活の自立度が低下し、要支援・要介護が必要になる高齢者が年々増え、これが国の経済をも圧迫するほどになっているのですから、介護が必要になる主な原因とみなされている運動器障害を予防しようと考えるのは当然のことです。
国を挙げての取り組みがあるからか、シニア向け体操やスポーツ、その他利用者参加型のさまざまな活動が全国各地で実施されるようになり、「ロコモ」への予防活動も少しずつ進んで来ているように思われます。ただ、予防活動は、問題を起こさないためのものであると同時に、問題が生じてからも、それを悪化させないために続けなければいけないものだと思います。
私がこれまで15年間日本の介護に多少関わってきて強く感じたことは、介護する側の家族やスタッフがいつも必死に動いているのに、介護を受けている高齢者は殆ど受け身姿勢でいること、そしてそれ故に、高齢者側には「できるのにしない→だからできなくなる」「動けるのに動かない→だから動けなくなる」傾向が顕著に見られ、介護者側には、「相手ができても動けても、なんでもしてあげる→だから身体に重い負担がかかり健康障害を起こす」という、極めて深刻な悪循環が生じていることです。
「ロコモ」予防を提唱するのであれば、すでに介護が必要になってしまった高齢者に対しても、「できることは本人にしてもらう、動けるのなら本人に動いてもらう」という日常生活のささいなことを実践して頂きたいものです。「介護はつらい」と日本ではよく言いますが、それは、介護する側がつらい環境を自ら作っており、また介護される側の意識を変える努力が全くされていないことが大きな要因だと思うのです。
デンマークでは、介護はつらいとは誰も言いません。それは、介護に対する発想を180度変え、介護はする側とされる側の共同作業と考えて、「できることは本人がする、動けるのなら本人が動く」ことが基本になっているからです。これにより介護する側の負担が軽減され、介護される側の機能低下が予防できる、まさにウィン・ウィンの関係が生まれているのです。
ただデンマークでは、介護を必要とする高齢者もさることながら、介護を必要としないいきいき高齢者を増やす政策にも長年力を入れてきました。公共福祉を担っている全国98の市には、シニア市民が自由に集えるアクティビティーセンターが設けられていて、その多くは利用者自身がやりたい活動を決めて、自主的に運営し、参加するスタイルが取られており、中でも身体を動かすダンスや体操や各種スポーツが人気です。
またどこの町にも成人市民が自由に選択して参加できる教養講座があり、ここでもヨガ、太極拳、体操、水泳教室など身体を動かす各種活動がわずかな費用で体験できます。さらにデンマークには、地域のスポーツクラブが数えきれないほどあり、そのメンバーは子どもから高齢者まで年齢層が厚く、自分が若い頃から親しんできたスポーツをいつまでも続けることができます。このように、自分さえ積極的に出て行けば、いつでも、どこでも、いくつになっても、楽しみながら「ロコモ」予防をする環境は十分整っていると言えるでしょう。実際デンマークでは、65歳以上の市民の約半数が最低週1回は運動をしており、約4人に1人が最低週2~3回スポーツを実践しているという社会省の調査も出ているほどです。
ただ心臓疾患や糖尿病など持病を抱えてしまうと、これらの活動を続けることや新たに参加することが難しくなります。そのため、今デンマークでは、地域のスポーツクラブと市とそれらの疾患を持つ人たちが組織している団体が協力して、持病を抱えている人たちでも気軽に参加できるスポーツチーム作りが始まっています。
私が住んでいる地域のサッカークラブには、3年ほど前に「60+」と呼ばれるチームが結成され、現在60歳以上のサッカー好き男性25名が、週1回2時間サッカーで汗を流しています。そのメンバーの半数以上が、心臓病や糖尿病を患っているシニアなので、体調管理に留意していることは当然ですが、持病のある人もない人も分け隔てなく、無理のないテンポで、スポーツを楽しみながら交流を深めています。市がしていることは、さまざまなスポーツクラブへの働きかけと、参加者を募ることぐらいで、ほとんどコストをかけずに高齢者市民のQOL向上が図れるのですから、このイニシアティブもウィン・ウィン効果を生んでいると言えるでしょう。サッカー好きの私の夫は、半年前にこのクラブの存在を知り、60歳以上という枠でメンバーとなって、毎週のトレーニングに欠かさず参加するようになりました。「ロコモ」の予防は、その言葉を借りるまでもなく、デンマークではかなり浸透していると感じています。
地元サッカークラブの「60+」チームのメンバー。ユニフォームのスポンサーは、糖尿病協会とのこと
「メタボ」と「ロコモ」の相関関係はよくわかりませんが、日本は「ロコモ」予防のさらなる努力、そしてデンマークは「メタボ」予防のさらなる努力が必要だというのが、私なりの結論です。